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作品名:ニート革命軍 作者:毬藻

第98回   新宿騒乱
二十一世紀の世の中は、僻んだり妬んだり、ぼやぼやしたりしている暇などないほどに、急速に動いていた。
現実は、刻一刻と冷たく確実に前に進んでいた。そして、弱い人々は、自分の生きる場所を失い、虚ろな目で現実を呪い、ふやふやの弱い魂は、暖かい何かを求めて彷徨っていた。
自然薯の龍次は、走りながらズボンのポケットをまさぐった。
「駐車券、駐車券、…」
駐車券を取り出すと、走りながら見た。すでに息はあがっていた。
「あ〜〜、駄目だぁ〜!」
龍次は立ち止まった。そして駐車券を見た。
「猿の腰掛け駐車場…、どこだったかなあ〜?」
化粧の濃い婦人が歩いて来たので、尋ねた。
「あの〜、猿の腰掛け駐車場って、ご存知ですか?」
「猿の腰掛け駐車場?さぁ〜〜〜あ、知らないです。」
「ああそうですか。忙しいところ引き止めて、どうもすみません。」
婦人は冷たく去って行った。ここには新宿の風が吹いていた。
「困ったなあ〜、あ〜〜、喉が渇いた。」
興奮と慣れない駆けっこで、口の中は乾いていた。
機動隊のニンニク放水を浴びた暴徒が、警察犬に追われていた。
龍次は、ほっと胸を撫で下ろした。
「あ〜〜、餃子食ってなくって良かったぁ〜。」
新宿のあっちこっちで暴動が起きていた。
「こりゃあ、どこも危ないなあ。」
龍次は裏通りに入った。裏通りも人々が溢れ混乱していた。
「こういうときは、下手に動かないほうがいいかな…」
ビルの二階に、インターネット喫茶の看板が目に入った。
龍次は駆け込んで入って行った。
中に入ると、龍次はセルフサービスのコーラを注いで、窓際の席に座った。意外と客は少なかった。窓の外を眺めながら、コーラを一口、二口飲んだ。
「あ〜〜、落ち着いたぁ〜。」
隣の席には、見たような女性が座っていた。
女性は龍次の目線に気づき、振り向いた。
「龍次さ〜ん!」
「蝶子(ちょうこ)ちゃ〜ん!」
以前の仕事場で雑用をやっていた、臨時雇いの蝶子(ちょうこ)だった。
蝶子は、相変わらずの、穴だらけジーパンのパンクスタイルだった。
「そのジーパン、穴が開いてるじゃん、どうしたの?お金ないの?」
蝶子(ちょうこ)は笑っていた。
「なんだったら買ってあげようか?」
蝶子(ちょうこ)は笑っていた。ジーパンの内太ももの穴から、白くてピンクの地肌が見えていた。
「蝶子(ちょうこ)ちゃんって、肌が白いんだねぇ。」
「そんなとこばっか見ないでよ。」
「そんな格好して、新宿をうろついてると、変なやつに襲われるよ。」
「そんなことより、なんでこんなところにいるの?」
「蝶子(ちょうこ)ちゃんこそ、なぁんでこんなところに?」
「ちょっとね。」
「また、ライブでも見に来たんじゃないの?」
「そうなのよ〜、駅前のライブハウス【曼荼羅(まんだら)ハウス】で、根来衆(ねごろしゅう)バンドを見に来たんだけど、この騒ぎで中止になっちゃったの。」
「根来衆(ねごろしゅう)バンド?って、どんなバンド?」
「レゲーラップ。」
「レゲーラップ?」
「聞いてみます?」
彼女は、胸のポケットからmp3プレーヤを出した。
「はい。」
「これ何?」
「プレーヤーよ。」
「こんな小っちゃなプレーヤーがあんだ?」
「え〜〜、知らないのぉ?」
「軽くて小っちゃいプレーヤだなあ。」
「踊って飛び跳ねても大丈夫なの。」
「なあんだか凄いねえ。」
「録音もできるし、ラジオも入るのよ。」
「え〜〜〜、こんな小っちゃいので?」
「聞いてみて。」
龍次は、ぎこちない手つきで両耳に当てた。
「お〜〜〜、いい音だねえ。」
龍次は、一曲の途中でイヤホンを外した。
彼女が尋ねた。
「どう?」
「・・いいんじゃない。僕には、よく分からない。これ、何て曲なの?」
「チェックメイトキングツー。」
「チェックメイトキングツー?どういう意味?」
「チェスの言葉って書いてありました。」
「あ〜〜、チェスの王手か。」
「そうなんですか?」
「ツーって言うのが、良く分からない。普通は、そんなのつけないんだけど。」
「そうなんですか。」
「けっこう有名なの?このバンド?」
「ぜんぜん有名じゃないわ。」
「初めて聞く名前だよ。」
「それでいいの。」
「えっ?」
「あんまり有名になると嫌なの。」
「相変わらず、へそ曲りだなあ。」
「せっかくここまで来たのに、がっかりしちゃった。」
「それは残念だね。」
「これじゃあ、仕方ないわ。」
「最近の曲って、みんな同じに聞こえちゃうんだよね。」
「そうなんですか?」
「僕の若い頃は、みんな個性的で、違った音楽に聞こえたんだけどね。」
「ふ〜〜ん。」
「ちっとも新しくないんだよ。みんな真似に聞こえるの。」
「たぶん、曲が全部もう出ちゃったんですよ。」
「つまり、新たな旋律がないってこと?」
「そういうことですね。」
「だから、ラップ調になっちゃうわけだ。」
「そういうことですね。」
「そういうテクニカルなことを言ってるんじゃなくってね。魂を言ってるのよ。」
「魂?」
「心が、ちっとも新しくないんだよ。新鮮じゃない。どれもこれもみんなと同じ。」
「そうかなあ?」
「そういうふうに聞こえるね、僕には。」
「う〜〜ん、それは残念だわ。」
「これからどうするの?」
「で、帰ろうと思ったんだけど、電車が燃やされて走ってないでしょう。」
「それでここにいるわけだ。」
「友達と来る予定だったんだけど、急に来れなくなったってメールが来たの。」
「それで一人で?」
「そうなんです。なんだかウツ病みたいなんです。」
「その友達?」
「ええ。」
「みんなと同じことをやろうとするから、ウツになっちゃうんだよ。」
「どういうことですか?」
「つまりさ、自分を見失っちゃうわけ。自分が無くなっちゃうわけよ。」
「で、ウツ病に?」
「そういうこと。自我の喪失ってやつだね。」
「そうなのかなあ・・」
「人真似をしないで、自分らしく生きればいいんだよ。」
「自分らしく…」
「そう、自分らしく。自分は自分。」
「どうして龍次さんは、ここにいるの?」
「うん、仕事だったんだけど、帰るには早いんでね。」
「で、新宿?」
「そういうことだね。」
「なんだか、怖い世の中ねえ。」
「昔の新宿騒乱を思い出したよ。」
「え〜〜、そういうのがあったの。」
「電車は燃やされるし、凄かったよ。」
「ちっとも知らなかったわ。」
「時代は繰り返すんだねえ。」
「いつごろの話?」
「そうだなあ…、僕が高校生ぐらいのときだから・・」
「じゃあ、わたしが生まれる前だ。」
「インターネットで調べれば分かるよ。」
「そうだね。検索してみるわ。なんて検索すればいいの?」
「新宿騒乱。」



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