「逆王手!」 紋次郎の目は冷たく青白く光っていた。 アキラは悲鳴をあげた。 「ぅっわ〜〜〜!なにこれ!?」 「逆王手です。」 「まいったなあ〜!」 「さて、どうしますか?」 「いやあ〜、勝ったと思ったんだけどなあ〜。そんな手があったのかよ〜。」 「どうしますか?」 「いっやあ〜〜、まいった!一気に一瞬にして、地獄行き。」 「油断大敵ですね。」 「こんなことってあるのかよ〜。」 「まるで、人生そのものですね。」 「将棋は人生だなあ〜!」 「そうですね。」 「やっぱり穴熊にしとけばよかったなあ〜。」 「そうですね。後の祭りですね。」 「後の祭りか…」 「戦う前に、王を逃がしておけばよかったなあ…」 「王の早逃げ八手の得って言いますね。」 「あっ、そう。」 「人生も同じです。どうしますか?アキラさん。」 「う〜〜〜ん、どうしよう…、受けと攻めが同時だからなあ…」 「そうですね。」 「受けだけでは、後手になって負けてしまうってことか…」 「そうですね。」 「一手待ってくんない?」 「そんなの駄目ですよ〜。将棋も人生も一回だけですよ。やり直しは絶対に出来ません。」 「人生じゃないんだからさあ。」 「おんなじです。将棋も人生も勝負です。一回こっきりです。」 「そうかよ。分かったよ。」 「人生に待ったがあったら、そこらじゅう混乱して大変なことになりますよ。」 「おまえ、何言ってんだよ?」 「もう終わりです。投了しますか?」 「とうりょう?」 「武士の世界だと、切腹です。」 「終わってないのに、なんで切腹しなきゃあいけないんだよ。」 「将棋も人生も、あきらめが肝心です。見苦しいです。」 「見苦しい?」 「はい。」 「まあだ終わりじゃないよ。」 「諦(あきら)めが悪いですねえ〜。」 「まだ終わってないって。」 「農民は、武士と違って諦めが悪いなあ。」 「農民!?」 紋次郎の目は青く冷たくルビーのように光っていた。 「おまえの目って、兄貴の目に似てるな〜…」 「えっ、そうですか?」 「冷たいところが。」 「わたしの目は、新型の省電力ですから熱くなったりはしませんよ。」 「でも、ちょっと違うな。」 「どこが違うんですか?」 「兄貴の目は、醒めてて殺気があるけど、おまえにはないよ。何もない。」 「何もない?」 「つまり、気持ちとか心がないってことだな。」 「そんなものありませんよ。ロボットですから。失礼しちゃうなあ。」 「失礼しちゃう?」 「当然のことを質問するなんて、失礼ですよ。」 「当然のこと?」 ロボットエンジニアの青年・伊賀十兵衛 は、その将棋を楽しそうに見ていた。 「まるで、沖縄交差式空手みたいですね。」 アキラが局面に悩みながら尋ねた。 「おきなわこうさしき空手?」 「沖縄空手は、受けと攻めが同時なんです。」 「ああ、そうなの。」 「そうなんです。」 「例えばどういうの?」 「例えば、アキラさんが右手で殴ってきたとすると、普通の空手だったら、まず左手で受けてから、右手か足で反撃します。」 「そうだね。知らないけど、たぶんそうじゃない。」 「沖縄空手は、同時に反撃するんですよ。」 「同時に?どうやって?」 「左手の肘で跳ね除けて、そのまま左手を伸ばして、相手の顎(あご)やコメカミを掌底(しょうてい)か拳(けん)で打撃するんです。」 「なるほどね。そういうのを、こうさしきって言うの?」 「そうです。カンフーなんかも同じです。」 「詳しいねえ。なんかやってたの?」 「伊賀流忍法を、ちょっと。」 「伊賀流忍法って、忍術のこと?」 「はい。」 「じゃあ、けっこうできるんだ?」 「はい。」 「そりゃあ凄いや。」 紋次郎の瞳孔が開いて、青年を見た。 「忍術でござるか?あっしにも、興味があるでござんす。」
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