庭の隅っこで、ひかえめで可憐な萩(はぎ)の花が、初秋の風に揺れていた。 「お兄ちゃん、これ、ハギっていう花なんだって。」 「知ってるよ。」 「さすがは高校生だわ。」 「誰が教えたん?」 「保土ヶ谷さん。」 「ふ〜〜ん、保土ヶ谷さんは花にも詳しいんだなあ。」 「あっ、そうだ!」 「なんだよ?」 「保土ヶ谷さんが、お兄ちゃんに、古いパソコンあげるって言ってたわ。」 「そうだそうだ、この前、新しいパソコンが入ったら、古いパソコンが不要になるから、あげるって言ってたんだよ。」 「うわ〜、そうなの!」 「今、取ってこようかな。」 「お兄ちゃん、パソコンが欲しかったんでしょ?」 「ああ、欲しかったよ。学校で持ってないのは俺だけなんだよ。」 「え〜〜、そおなのぉ。」 「インターネットで小説家になるって言ってたよね。」 「ああ、そうだよ。仕事もいっぱい探せるしな。これで、トマトの新しい栽培情報も探せるぞぉ〜。」 「頑張ってね、お兄ちゃん!」 「保土ヶ谷さん、いつ来いって言ってた?」 「いつでもいいって言ってたわよ。」 「そぅか〜〜!じゃあトマトと大根とジャガイモを積んで今すぐ取りに行こう!」 「トマトと大根とジャガイモを積んで行くの?」 「お礼だよ。我が家にはトマトと大根とジャガイモしかないからな。」 「お茶もあるわよ。」 「あっ、そうか。じゃあ、お茶も持って行くか。」 「ご飯はどうするの?」 「先に食べてな。」 「すぐ帰ってくる?」 「すぐ帰ってくるよ。」 「じゃあ待ってるわ。」 「そうか、…じゃあ待ってろ。急いで帰ってくるから。」 「うん!わたしにも少し触らせてね。」 「駄目だよ。真由美はまだ子供だから。」 「子供は駄目なの?」 「壊すから、駄目。おもちゃじゃないんだから。」 「壊さないわよ。」 「子供には難しくって分からないの。」 「そんなに難しいの?」 「ああ、高校生くらいにならないと分からないの。」 「そんなに難しいんだ。テレビとは違うんだ。」 「テレビとは違うよ。」 「そうなんだ。」 「ちょっとは教えてあげるよ。」 「わ〜〜、良かったぁ!」 「俺、小屋から野菜取ってくるから、一番大きなお茶の入った袋を一つ取ってきてくれ。」 「一つでいいの?」 「一つでいいよ。お茶は高いんだから。」 「はい。」 お兄ちゃんは、小屋にある野菜をダンボール箱に入れると、リアカーに積みんだ。 少女が、お茶の入れてある大きなビニールの袋を渡した。 「はい!」 「お〜、さんきゅ〜!」 お兄ちゃんは、再びリアカーを引いて基地に向かって出発した。 少女は、お兄ちゃんが見えなくなるまで手を振っていた。 「お兄ちゃ〜ん、頑張ってぇ〜!」 お兄ちゃんは、「お〜〜っ!」と言いながらリアカーを引いていた。 三毛猫のタマが、草むらから出てきて、少女の足元でニャ〜〜ンと鳴いて止まった。 「タマは、お兄ちゃんがいると出てこないんだねえ。」 タマは、またニャ〜〜ンと鳴いた。 「気が合わないのかなあ。」 再びタマは、ニャ〜〜ンと鳴いた。 いつの間にか、空は濃いブルーになっていた。いつの間にか月がコントラストを強めていた。気まぐれな雲が月の前を漂っていた。 少女は、少し首を傾げながら月を見た。 「今日のお月さんは、顔が半分しかないね。」 タマは黙っていた。近くの笹の林から、風でゆれる笹の擦れ合う音が聞こえていた。 「真由美ちゃ〜〜〜ん!」 母の声だった。 「は〜〜い!」 少女は家の中に入って行った。濃いブルーの中に残されたタマは、その場所から動こうとはしなかった。
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