「おまえ、見てみろ。」 姉さんは福之助に渡した。 「はい。」 「分かる?」 「はい、分かります。」 「早いね。」 「声を変えるスイッチとか、ボリュームコントロールとかありますけど、スイッチを切ってくればいいんですね。」 「うん、そうだよ。」 「じゃあ、切ってきます。」 福之助は直ぐに戻ってきた。 「スイッチ、切ってきました。」 「これで安心だ。」 「吠太郎って、そんなに売れてるんですかねえ?」 「そうだなあ。ちょっとインターネットで調べてみろ。」 「はい。」 福之助はテーブルの上のノートパソコンの前に座ると、検索を開始した。指と目玉だけが動いていた。 「出ました!」 「早いねえ。」 「これです。」 姉さんがやってきた。福之助の肩越しに覗いた。 「この人が保土ヶ谷龍次?」 「そうですね。」 「なんか、昔の学校の先生みたいな、人の良さそうな人だね。」 「人相学的には、そうですね。とっても穏和な目ですねえ。」 「そうだね。」 「すんなりとエリートコースを歩んできた人の場合、こういう目になります。」 「ああそうなの。」 「ドロンとして濁った目をしている人がいますが、ろくな人生を歩んでいない証拠です。」 「ああそうなの。」 「不気味なのは、子どもの時から上目遣いで人を見るタイプです。周囲に愛情をもって育てられなかったり、虐待を受けたりした子どもは、こういう目つきになります。」 「ああそうなの。あんた超詳しいね。あんた易者ロボット?」 「違いますよ。」 「ところで、この吠太郎、いくらで売ってるの?」 「一本五千円です。」 「高いか安いか分からない値段だね。」 「そうですね。姉さんの言ったとおりです。」 「何が?」 「横浜在住です。」 「横浜のどこなの?」 「鶴見区生麦です。」 「やっぱりね。あのアクセントは埼玉生まれの横浜だよ。」 「埼玉生まれ?」 「埼玉生まれの、じゃ〜〜んは、ああいうアクセントなんだよ。」 「どうして分かるんですか?」 「埼玉生まれのショーケンも、ああいうアクセントだろう。だから、そうじゃないかと思って。」 「なぁんだ、そういうことか。」 「なぁんだとは、何だよ!」 「失礼しました。」 「埼玉は山が多いからなあ。自然薯がよく採れるんだよ。」 「そうなんですか。」 「自然薯は売ってないみたいだねえ。」 「そうですね。吠太郎だけですねえ。」 「ブログみたいな書き込みがあります。」 「何て書いてあるの?最近の読んでみろ。」 「ハハハハ、ぼくのブログは廃墟か!ここ一週間だれも振り向いてくれないよ、えええぇぇ〜〜ん。って書いてあります。」 「寂しい書き込みだなあ。」 「そうですね。」 「何か書き込んでやるか?」 「何をですか?」 「ついでだから、クレームを書いてやれ。」 「余計、えええぇぇ〜〜ん。って泣きますよ。」 「そんなの知るか。」 「ハンドルネームは?」 「きょん姉でいいよ。」 「そのままじゃないですか。」 「いいんだよ。」 「はい。」 姉さんは、語りだした。 「吠太郎使用者のものですが…」 「吠太郎使用者のものですが…、それから?」 「説明書が分かりにくいし〜〜、センスが埼玉です。じゃなくって、ダサイです。なんとかしてください。」 「センスがダサイです。はい、書きました。これで終わりですか?」 「おまえ、キイタッチ早いねえ。ブラインドタッチだねえ。」 「わたしの先祖は、事務系ロボットなんです。」 「ああ、そうなんだ。」 「はい。」 「ええっとぉ…」 「ええっとぉ、それから?」 「ええっとぉ、はいいんだよ。」 「失礼しました。バックスペース、削除!」 「何て書こうか?」 「姉さんは、文章のセンスがないですね。」 「なんだって!」 「失礼しました。」 「自然薯(じねんじょ)でも売ったほうがいいんじゃないかな〜〜。」 「それ、独り言?」 「違うよ、書くんだよ。」 「な〜〜んか、突然に別の話題?」 「いいんだよ。」 「…はい、書きました。」 「この吠太郎の顔、見れば見るほどセンスないなあ〜。」 「それも書くの?」 「これは独り言。」 「あっ、この顔。ちゃんと著作権登録されてますよ。」 「ほんとかよ〜〜〜!」
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