アニーは、ベッドから起き上がり、空手の型みたいな動きで踊りだした。見得を切るような格好で叫んだ。 「不動明王、ここにあり〜!」 「どっ、どうしたのアニーさん!?」 更に踊りは続いた。そして、同じような所作で見得を切った。 「即身成仏(そくしんじょうぶつ)、ここにあり〜!」 姉さんは見抜いた。 「それは、沖縄交差法拳法!」 アニーは踊りながら答えた。 「さすが、葛城古武術・くれないり流の使い手。見破りましたか。」 「攻めと守りが同時の沖縄交差法拳法と見た!」 「その通りです。」 アニーは倒れそうになり、踊りを止めた。 「アニーさん、大丈夫?」 「まだ少し、熱があるみたい。」 「急に踊りだしたものだから、びっくりしちゃったあ。」 「わたしも何がなんだか?急に身体が動き出したんですよ。狐でも憑いたのかしら?」 カランコロンと、ドアベルが鳴り響いた。姉さんは我に返った。 「誰かしら?」 姉さんはドア越しに返事をした。 「どなたですか?」 「となりのログハウスの者です。」 女性の声だった。 「さきほど、父がお世話になった萩原です。」 「あ〜〜、萩原さん。今開けます。」 姉さんは静かにドアを開けた。 長い髪のジーパン姿の女性が立っていた。右手に木刀を持っていた。 姉さんは、その木刀を見てびっくりした。 「ぅわ〜〜〜!」 姉さんは、思わず後ずさった。思わず、両手をアゴの位置まで持ち上げ、紅流の半身の構えになっていた。 女性は慌てて、頭を下げた。 「ごめんなさい、ごめんなさい!」 木刀を下に置いた。 「こっちの方から猛獣が叫んでるような、大きな声がしたもんですから。」 姉さんは女性に近づき、改めて応対した。 「あ〜〜、びっくりした。思わず中段前蹴りが出るところでしたよ。」 「中段前蹴りって、空手ですか?ま〜〜ぁ、怖い。」 「つい反射的に出ちゃうんです。出なくて良かった。猛獣の大きな声ですか?」 「はい。わぉ〜〜〜っと言ってました。」 「あ〜〜〜、分かりました。案山子(かかし)です。」 「案山子(かかし)?」 「ハイテク案山子です。何かが近づいたら吠えるんですよ。」 「ああ、そうなんですか。」 「窓の外に立てて置いてあるんです。」 姉さんは出て行った。姉さんは、吠太郎の前まで、女性を案内した。近づくと、目玉が光り、わぉ〜〜っと吠えた。 「これです。」 「あ〜〜〜、これなんですか。さきほどの声と同じです。」 「ごめんなさい。スイッチを切っておきます。」 「いや、分かればいいんです。」 「畑ではないので不要ですね。しまっておきます。」 「熊避けかなんかですか?」 「そうなんです。ときどき誤動作するんですよ。」 「そうなんですか。」 「とにかく、夜はうるさいので動かないようにしておきます。」 「それがいいですね。あっ、そうだ、父が自然薯お好み焼きを食べに行きましょうって言ってました。旨いお店を知ってるみたいなんです。」 「そぉなんですかあぁ!」 「明日のお昼なんですけど、一緒に行きますか?高野山の中ではありませんけど。」 「う〜〜ん、どうしようかなあ…、遠いんですか?」 「1時間ほどのところです。」 「1時間…」 「何か、御用でも?」 「御用って言うか、いちおう仕事で来ているもので。」 「ああ、そうなんですか。じゃあ駄目ですね。」 「そうですねえ。よろしく言っておいてください。」 「はい。」 女性は頭を下げると、隣のログハウスの方に去って行った。 姉さんは、ぶつぶつ言いながら帰ってきた。 「役に立たない案山子(かかし)だなあ〜〜。」 アニーが尋ねた。 「どうしたんですか?」 「どこをやれば、スイッチを切れるのかしら?」 「案山子(かかし)ですか?あっ、そうだ。説明書がそのビニールの袋の中に入ってます。」 「あっ、この中ね。」 「はい。」 ビニール袋の中に、折り畳んだ小さな紙があった。 「あ〜、これだ。どれどれ…」 姉さんは、小さな紙を広げると、まるで敵(かたき)でも見るように睨んで見た。 「…センスの悪い説明書だなあ。」 福之助が、姉さんの隣にやってきて覗いた。 「そんなにセンスが悪いんですか?」 「なんだいこりゃあ。作ったやつの顔が見てみたいよ。」 「どこに住んでいるんでしょうね。」 「横浜あたりじゃないのか。」 「なんでですか?」 「じゃ〜〜〜ん、とか言ってたよ。」 「鎌倉や横須賀あたりも、じゃんって言いますよ。」 「でも、横浜のは、じゃ〜〜〜んって伸ばすんだよ。」 「ああ、そうなんですか。」
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