「お兄ちゃん、いつの間にか、蝉(せみ)の泣き声が聞こえなくなったね。」 「蝉は、夏に生まれて秋には死んで行くんだよ。ちょっとだけしか生きられないんだよ。」 「可哀想ね。」 「そうだなあ。」 突然、草むらから猫が出てきた。三毛猫だった。 「あっ、タマだ!」 タマは少女の顔をちらりと見ると、すぐに道を渡っていなくなってしまった。 「この前、うちの庭で蛇を退治したんだよ。」 「そうかよ〜!」 「とっても強いのよ。びっくりしちゃった。」 「蛇って、大きかったんかよ?」 「うん。」 「そりゃあ凄いや。毒蛇もいるから絶対に近づいたら駄目だぞ。」 「うん!」 「そうか、そんなに強いのか、タマは。」 「猫は人間の味方だね。」 「そういうことだな。」 「猫がたくさんいると安心だね。」 「…そうかなあ?」 リュックを背負い、天体望遠鏡を持った五人の集団が歩いていた。熊避けのラジオを鳴らしていた。 一人の男が尋ねてきた。 「転軸山(てんじくさん)の天体観測広場は、こっちの方でいいんですか?」 お兄ちゃんは親切に答えた。 「こっちじゃなくって、ログハウスを過ぎて左です。看板があります。」 指差した。 「あっちです。」 「どうもありがとうございます。」 集団はログハウスの方に向かって行った。 「あの人たち、星を見に行くの?」 「そうだな。」 「暇な人たちね。」 「そうだな。」 「夜は寒くなるのに。」 「そうだな。」 「お兄ちゃん。そうだなばっかりだよ。」 「…そうだな。」 「また!」 「わっはははは!」 お兄ちゃんは大笑いした。 「お兄ちゃん、お腹空いてるんでしょう。」 「うん、ちょっとな。」 「さっき、どっちが勝ったの?」 「さ〜〜あ、どっちだろう?」 「お兄ちゃんが勝ったに決まっているわ。」 「もんちゃんも早かったよ。」 「そうかなあ?早く治るといいね、もんちゃん。」 「そうだな。」 「…そればっかり。」 「今日は、何作ったんだよ?」 「お兄ちゃんの好きな、カレーライス。」 「何カレー?」 「何カレーでしょうか?」 「チキンカレー!」 「当たり〜〜!どうして分かったの?」 「保土ヶ谷さんが、この前チキンをあげるって言ってたからな。それだろう。」 「そうでえす!」 「保土ヶ谷さんって、親切だなあ。」 「あっ、そうだ。」 「なんだよぉ?」 「朝、お兄ちゃんが出た後、保土ヶ谷さんと、もんちゃんがやってきて、肉と熊避けの案山子(かかし)を置いて行ったの。」 「熊避けの案山子(かかし)?なんだいそりゃあ?」 「動物が近づくと大きな声で吠えるの。見れば分かるわ。」 「あ〜〜、そういえば、肉のほかにいいものあげるって行ってたなあ。」 「裏庭に立ててあるわ。」 「最近、そういう案山子(かかし)よく見るなあ。どこから持ってくるのかなあ?」 「近づくと吠えるんだよ。」 「赤外線だな。」 家に到着すると、二人は裏庭に周った。 「あれよ。」 「あれか…」 「もっと近づけば、吠えるわ。」 二人は近づいて行った。 ワオ〜〜〜!っと吠え出した。 「ほらね。」 「どうやったら止まるんだ?」 「離れると止まるわ。」 「そのほかには、止め方はないのかな?」 「後ろにスイッチがあるって言っていたわ。」 お兄ちゃんは、案山子の後ろに廻った。 「これだな。」 スイッチをオフにした。吠えなくなった。 案山子の背中に製品名が書いてあった。 「ハイテク案山子(かかし)…吠太郎(ほえたろう)、ふ〜〜ん。」 「どこで売ってるんだろうね?」 「…インターネットだな。」 「誰が作ったの、こんなもの?」 「…りゅうじア〜ラびっくりアイデアショップ・製作責任者・保土ヶ谷龍次、う〜〜ん?」 「保土ヶ谷さんが作っているの?」 「そうだなあ…」 「こんなの作っているの?」 「見たことないなあ。」 「そうだねえ。」 「いつか聞いてみよう。」 「これ、センス悪いわあ〜。」 「りゅうじア〜ラびっくりアイデアショップ。会社の名前からして、センス悪いよ。」 「これ、犬なの?」 「狼男かな?」 センスの悪い狼顔の案山子(かかし)が、二人を睨んでいた。 「これで熊さん、逃げるのかしら?」 「どうかなあ?」 「ぶっ飛ばされるんじゃないかしら?」 「そうだなあ。」
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