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作品名:ニート革命軍 作者:毬藻

第82回   アキラ vs 紋次郎
紋次郎は、静かに座って月を眺めていた。
「何(いず)れ、お礼参りに伺(うかが)います!」
「お礼参り?」
お兄ちゃんは、でこぼこ道のいいところを選んでリアカーを引いていた。
「お兄ちゃん、もう少しでいい道になるわ。」
川沿いの道に出ると、アスファルトで舗装されていた。
少女はリアカーの隣を歩きながら、紋次郎の顔を見た。
「もんちゃん、どこに行けばいいの?」
「あそこです。」
紋次郎は指をさした。
「あの黄色い建物です。」
お兄ちゃんは、その建物を見た。
「集会所の隣のやつね。」
「そうです。」
たどり着くと、【作業所】と、少し大きなドアの上に書いてあった。
「ここでいいです。」
お兄ちゃんは、静かにリアカーを止めた。ゆっくりとリアカーの持ち手を上げ斜めにした。
紋次郎は、「どうもありがとうございます。」と言いながら、リアカーから降りた。
高野山に夕闇が迫っていた。ところどころの街路灯が点灯していた。闇を待ちきれないせっかちの風が、地面で寝ている落ち葉を踊らせていた。
「お兄ちゃん、今日の夜はきっと風が暴れるわ。」
「そうだな…」
お兄ちゃんは、空を風に泳ぐ雲を見た。
紋次郎は、びっこを引きながら作業所のドアを静かに開けて、中に入って行った。
お兄ちゃんと少女も後を追って、中に入って行った。
中に入ると、煌々(こうこう)とした明かりの下で、アキラがリアカーと格闘していた。傍らで、龍次が道具を持って観光客のように見物しながら立っていた。
アキラが龍次に言った。
「龍次さん、十五番の六角レンチ取って。」
「十五番ね、…はい!」
龍次が紋次郎に気付いた。
「おや、紋次郎くん、どうしたの、びっこなんか引いて?」
アキラも紋次郎を見て、異変に気付いた。
「どうした、紋次郎?」
紋次郎は、いつものように抑揚のない無機質な音声で返事をした。
「怪我をしました。」
龍次が紋次郎の前まで出てきた。
「怪我?」
「足首をやられました。」
紋次郎の後ろには、お兄ちゃんと少女が心配そうに立っていた。
「まさと君、真由美ちゃん。どうしたの?」
お兄ちゃんが答えた。
「競争したんです。そしたら転んだんです。」
「なあんだ、そうか。」
「足首のバネが外れたらしいです。」
「足首のバネ?」
アキラが出てきた。紋次郎の足首を見た。
「どっち?」
紋次郎が答えた。
「こっちです。左足。」
足首を、少し浮かせていた。
「ロボットは修理したことないからなあ…、バネって、どんなの?」
「衝撃吸収用のバネです。」
「見たことないなあ…」
「中にあるんです。足首を分解すると見えます。」
「分解?」
「特殊な道具が要るんです。」
「普通のドライバーなんかじゃ駄目ってことね。」
「はい。」
「困ったなあ。」
龍次が思い出したように、ぽつんと言った。
「あっ、そうだ!たしか、あの青年、以前に京都のロボット工場のエンジニアって言っていたな。」
アキラが同意するように答えた。
「うん、なんか言ってたね。そういうこと。」
「呼んできましょう。」
「どこにいるの?俺が行ってくるよ。」
「アキラさん。わたしが行きます。」
龍次は、お兄ちゃんと少女を見て微笑んだ。
「どうもありがとう。後はわたしたちがやります。お腹が空いたでしょう。食堂で、何か食べて行きなさい。」
お兄ちゃんが答えた。
「僕たち、母親が食事を作って待ってますんで帰ります。この次に。」
「ああ、そう。それは残念だ。じゃあ借りだなぁ。」
少女は紋次郎の背中を後ろからポンと叩いた。
「じゃあね、もんちゃん!」
「修理したら、また行きます。」
「待ってるわ。」
兄と妹は、作業所から出て行った。それから、龍次も作業所から出て行った。
作業所には、作業テーブルがあり、椅子があった。
アキラが紋次郎を、じろっと睨んだ。
「紋次郎、座っていろよ。」
紋次郎は素直に答えた。
「はい。」そして、素直に座った。アキラも、もう一つの椅子に座った。
「夏は、悪いことしたなあ。」
「気にしてません。わたしが悪いんです。」
「あんときゃ、生きるか死ぬかだったんだよ。」
「分かってます。」
「ほんとうに悪かった。」
「わたしはロボットです。恨みも憎しみもありません。」
「こんなとっころで逢うとはなあ。」
「そうですねえ。」
「おまえ、なんでこんなところに来たの?」
「修行に来ました。」
「修行?」
「人間の心を知りたくって来ました。」
「人間の心をねえ…、ロボットが?」
「おかしいですか?」
「人間の心なんて、人間にも分からないじゃないのかなあ。」
「弘法大師でもですか?」
「こうぼうだいし?なんだいそりゃあ?川崎大師みたいなもんか?」
「かわさきだいし?」
「お寺だよ。川崎にある。」
「お寺ではなくって、人間です。」
「あっ、そう。聞いたことないなあ。」
「弘法筆を選ばずって言うじゃありませんか。」
「あっ、それなら聞いたことあるよ。」
「その方です。」
「昔の人だろう?」
「はい。約千二百年前の人です。」
「千二百年!じゃあ、もういないよ。来ても無駄だよ。」
「いいえ、今も生きています。」
「また〜〜〜、おまえ、冗談がきついよ。」
「近くで眠っています。」
「眠ってる?」
「眠って生きています。ご飯も、ちゃんと食べて。」
「大丈夫か、おまえ?」
「嘘ではありません、龍次さんに聞いてください。」
「近くって、どこにいるんだよ?」
「転軸山(てんじくさん)の裏です。」
「また〜〜〜。おまえ、どっかで頭打ったんじゃないのか?」
「打っていません。」
紋次郎の目は、いつもよりも青白く冷たく、宝石のように不気味に光っていた。
川沿いの道を、兄と妹は、いつもの歌を歌いながら、仲良く家路を急いでいた。

 冷め切った現実 突き抜けろ〜 ♪ タフなビートで切り抜けろ〜〜 ♪
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