ガソリン車に乗ったガソリン猿人の暴走車が、野蛮なエンジン音を轟(とどろ)かせて通り過ぎて行った。 少女は咳き込んだ。ガソリン臭が漂っていた。 「ごほん、ごほん!」 お兄ちゃんが、少女の背中をさすった。それから、通り過ぎて行ったガソリン車を睨んだ。 「真由美、大丈夫か?」 「だいじょうぶだよ、お兄ちゃん。」 少女は、小児喘息だった。 「銃があったら、ぶっ殺してやるのになあ。」 「ごほん、ごほん!」 「大丈夫か?」 「もう、だいじょうぶ。」 「まったく、ああいう連中は、いったい何考えて生きてるんだ?」 紋次郎が、その問いに答えた。 「何も考えてないんですよ、ああいう人たちは。ただ楽しんでいるだけなのです。」 「だったら、子供と同じだな。」 「子供じゃなくって、猿ですよ。」 「だから、ガソリン猿人って言うのか。」 「そうなんですね。」 「悲しい連中だね。」 「はい。」 少女は元気になっていた。 「じゃあ、わたしが、ヨーイドンって言ってあげるわ。ここに並んで。」 お兄ちゃんと紋次郎は、位置についた。 「よ〜〜〜い!」 いたずら者の風が、シャイな草花をくすぐるように揺らしていた。 「どん!」 お兄ちゃんと紋次郎は走り出した。スタートは、ほぼ同時だった。 「がんばれ〜〜、お兄ちゃ〜ん!」 家の前にゴールしたのは、ほぼ同時だった。 紋次郎が、何かに躓いてドーンと転んだ。 顔面から倒れ込んだ。 お兄ちゃんは驚いた。 「おい、大丈夫か?」 紋次郎は黙っていた。 「おい、もんちゃん!」 紋次郎は、壊れたような声で返事をした。 「大丈夫です。」 少女がやってきた。 「もんちゃ〜〜ん、だいじょうぶ〜?」 紋次郎は、なかなか起き上がろうとはしなかった。 「大丈夫です。」 「なんか、変だよ。」 「…左足が、ちょっとおかしい。」 紋次郎は、ぎごちなく立ち上がった。左足を少し浮かせていた。 「もんちゃん、だいじょうぶ?」 「足首がおかしい。力が入らない。」 「お兄ちゃん、もんちゃん、変だよ。」 「そうだなあ…」 「足首のバネが外れたみたいだ。」 「歩けるの?」 紋次郎は歩いて見せた。びっこを引いていた。 「やっぱり駄目だ。外れてる。帰って修理しなきゃあ。」 「帰れるの?」 「時間はかかるけど、なんとか帰れるます。」 「それじゃあ、無理よ。」 お兄ちゃんが、紋次郎の肩を叩いた。 「ここで待ってな、リアカー持ってくるから。」 「リアカー?」 お兄ちゃんは、急いで家の裏に置いてあったリアカーを引いて、直ぐに戻ってきた。 「運んであげるよ。はい、乗って!」 「これに乗るんですか?」 「そうだよ。乗れる?」 「はい。」 紋次郎は注意深くリアカーに乗った。そして静かに身を屈めて腰を下ろし、脚を伸ばした。 「迷惑をかけて、すみません!」 「行くよ!」 「はい。お願いします!」 お兄ちゃんの引いたリアカーは、ニート革命軍の人間村に向かって、ゆっくりと走り出した。 「お兄ちゃん、わたしも行く〜!」 「おまえはいいよ。」 「わたしも行くよ〜〜!」 少女は泣きそうな顔になっていた。 「しょうがないなあ。」 「靴と、このリアカーを家の中に入れてくるから、待ってて!」 「ああ、待ってるよ。」 少女は直ぐに戻ってきた。 「行こう、行こう!」 「お母さんに、ちゃんと言ってきたわ。」 「さっき俺も言ってきたよ。ロボットが動けなくなって、リアカーで運んでやるって。」 二人は、人間村に向かって歩き出した。紋次郎は、月を見ながら黙って乗っていた。 少女は、なぜかうきうきしていた。 「もんちゃん、だいじょうぶ?」 「大丈夫でござんす!」 「もんちゃんて、変な言葉。」 紋次郎が呟(つぶや)いた。 「兄弟って、いいですねえ。」 その呟きに、少女が即座に反応した。 「何て言ったの?」 「わたしも月も、ひとりぼっちでござんす。」 月は、ただ紋次郎の目のように青白く冷たく光っていた。 少女は歌いだした。
運命なんて信じない 狂ったブギで踊ってる〜 ♪ 明日まで逃げ切れるなら〜 タフなファンクで飛び越えろ〜 ♪ ロックステップ 天国と地獄を同時につれてくる ロックステップ〜〜 ♪ キャルビンがくれたキャンディ〜 なめながら〜 ♪ ロックステップ ロックステップ〜 冷め切った現実 突き抜けろ〜 ♪ ヒットミイ〜 ♪ ヒットミイ〜 ♪ ヒットミイ〜 ♪
お兄ちゃんも歌いだした。
冷め切った現実 突き抜けろ〜 ♪ タフなビートで切り抜けろ〜〜 ♪
二人は声を合わせて大きな声で歌いだした。
hit me〜 ♪ hit me〜 ♪ hit me〜 ♪
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