少女は駆け出した。 「お兄ちゃ〜〜ん!」 そして、お兄ちゃんの前で、ぴたりと止まった。 「お兄ちゃんみたいに早くなったでしょう!」 お兄ちゃんは、微笑んでいた。 「ああ、早くなったよ。」 少女の目は、涙で潤んでいた。 「どうしたん?」 少女は、右腕の長袖の袖をまくってみせた。包帯が巻かれていた。 「さっき、転んじゃったの。」 「どこで?」 「ログハウスの近く。」 「また、走ったんだろ?」 「違う。よそ見をしてたら転んだの。」 「よそ見なんかしてたら駄目じゃないか。」 「うん。でも、今日はトマトが全部売れたんだよ。」 「良かったなあ。」 「うん。」 「それで、嬉しくなって、はしゃいで転んじゃったんだな。」 「そうかも知れない。」 「血出たんか?」 「ちょっとだけ。」 「真由美の欲しがっていた、赤い靴を買ってきたぞ。」 お兄ちゃんは、ビニール袋に入った靴を差し出した。 「ほら!」 「わ〜〜ぁ、あの靴だぁ!」 「おまえの欲しがってた靴だよ。これだと早く走れるぞ。」 「これじゃあ、走れないわ。」 「なんでだよ?」 「走ったら、靴が可哀想だわ。」 「可哀想?」 「うん。それに大事に履かないと、早く壊れるわ。」 「真由美は、ケチだなあ。」 「せっかく、お兄ちゃんが買ってくれたんだもん。」 「そうか。」 「お兄ちゃん、いいものもらったの。」 「いいもの?」 「あのロボットのおじさんに。」 「ロボットのおじさん?」 少女が紋次郎を呼んだ。 「もんちゃ〜〜〜ん!」 ロボットの紋次郎が、ロボットな足どりで、とぼとぼとやってきた。深く頭を下げた。 「はじめまして。あっしは、ニート革命軍に居候(いそうろう)している、補佐ロボットの紋次郎というものでござんす。」 「ござんす?」 「このリアカーを差し上げにきました。」 紋次郎は、リアカーを引いていた。黄色のアルミの小さなリアカーだった。 「自転車用の軽いものでござんす。誰も使わなくって、捨てようと思ってたものでござんす。」 お兄ちゃんはリアカーを見た。 「これ?」 「そうでござんす。」 「ただでくれるの?」 「そうでござんす。」 「保土ヶ谷さんが、いいって言ったの?」 「そうでござんす。」 「まあだ新しいね。」 「そうでござんす。」 少女が、お兄ちゃんの顔を覗いた。 「お兄ちゃん、これいいよ。トマトがいっぱい積めるよ。」 お兄ちゃんが、少女を見下ろした。 「これ欲しいの?」 「うん!」 紋次郎が、少女の応援にでた。 「どうぞ、お使いください。」 「じゃあ、頂くよ。どうもありがとう。」 お兄ちゃんは、頭を下げ礼を言った。 「わ〜〜〜、良かった!」 少女は歌いだした。そして、紋次郎とリアカーの周りを楽しそうにロックステップで踊りだした。
赤い靴〜赤い靴〜 ランランラン ランランラン〜 ♪ 真っ赤なトマト リアカーに積んで〜 ランランラン ランランラン〜 ♪
転軸山(てんじくざん)から吹き下ろす風がBGMな音で、ヒューヒューと吹いていた。
「お兄ちゃん、さっき転んだときに、お姉さんに助けてもらったの。トマトを全部買ってくれたお姉さん」 「そうか。どこのお姉さん?」 「ログハウスのお姉さん。」 「じゃあ、俺が後で礼を言いに行ってくるよ。」 「うん!」 「お兄ちゃん、もんちゃんがねえ。お兄ちゃんよりも早いって言うのよ。」 「えっ?」 「走るのが速いって。」 紋次郎が、お兄ちゃんの顔を見た。 「あっしは走るのが得意なんでござんす。」 「ああ、そう。それはおもしろいねえ。」 「家の前まで、勝負いたしませんか?」 「勝負?」 「一本勝負でござんす。」 「柔道の試合みたいだね。いいよ。」 「じゃあ!」 紋次郎の目が青白く光った。モーター音が高速になって唸りだした。 「なんか、壊れそうな音だねえ…」 「大丈夫でござんす。」
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