紋次郎は、川沿いの道をトップギヤで、モーター音を響かせ早足でとんとんとトントン拍子で走っていた。 「急げぇ、急げ〜〜ぇ!」 少女の喜ぶ顔が電子の脳裏に映っていた。 「バッテリーは、ビンビンだぜぇ〜。ぶっとばそうぜぇ〜。」 ここには魚たちが生きている川があり、動物たちが生きている山々があった。 「ぼ〜くらは、みんな生きている〜ぅ♪」 トマト売りの少女の家は、ニート革命軍の基地の近くにあった。今にも壊れそうな家だった。 「よし、ここだ。きっと喜ぶぞ!」 少女は、家の前の階段にちょこんと座り、月を眺めながら歌を歌っていた。しゃがれた甲高い、特徴のある声だった。
通りゃんせ〜 通りゃんせ〜 ♪ 行きは良い良い 帰りは酔っぱらい 酔っぱらい ♪
「その歌、間違ってるよ。」 「あっ、ロボットのおじさん!」 「おじさんじゃなくって、おにいさん。」 「ロボットのおにいさん!」 「その歌、間違ってるよ。」 「そうかしら?」 「行きはよいよい、帰りは怖いって言うんだよ。」 「そうなの?」 「誰が教えたの?」 「お父さん。」 「お父さん?」 「去年死んだ酔っぱらいの、お父さん。」 「死んだの?」 「うん、交通事故で死んだの。天国に行ったの。」 「そうなの、悲しいねえ。」 「うん。」 「お父さんが、帰りは酔っ払いって、教えたんだね。」 「いつも、この道をよろよろしながら帰ってくるの。この歌を歌いながら。」 「そうだったんだ。」 少女は、紋次郎が引いているリアカーを見た。 「それ、なあに?」 「そうだ、そうだ。これ、あげるよ。」 「わたしに?」 「そう。トマトを沢山積めるよ。」 「ほんとだ。」 「これ、もういらないんだよ。」 「そうなの?」 「うん。」 「ただでもらってもいいの?」 「いいよ、いいよ。龍次さんが、持って行きなさいって言ったんだ。」 「保土ヶ谷さんが?」 「そう、保土ヶ谷さんが。」 「ありがとう〜!」 「よかった。」 「でも駄目だわ。」 「どうして?」 「お兄ちゃんに聞かないと、怒られるわ。」 「お兄ちゃんがいるの?」 「うん。」 「お兄ちゃんは、何歳?」 「十六才よ。高校生なの。」 「だったら、僕が話してあげるよ。」 「もうすぐ帰ってくるわ。」 「どこに行ったの?」 「コンビニ、コンビニで働いてるの。六時まで。」 「ああ、そうか。お兄ちゃんを、ここで待ってるんだね。」 「そうなの。いつもここで待ってるの。」 「じゃあ、僕も一緒に待っててあげるよ。ここに座ってもいいかな?」 「いいわよ。」 「食事は終わったの?」 「しょくじ?」 「ご飯は食べたの?」 「ちょっとだけ食べたわ。」 「何を食べたの?」 「トマトとパンよ。お兄ちゃんが買ってきてくれたマンゴージャムをつけて食べたの。とってもおいしかったわ。」 「マンゴージャムが好きなんだ?」 「マンゴージャムは、とってもおいしいわ。ロボットのおにいさんも好きなの?」 「マンゴージャム?」 「うん。」 「僕は、マンゴージャムは食べられないんだ。」 「何が好きなの?」 「そんなものはないよ。」 「何を食べてるの?」 「電気。」 少女は、家の近くの太陽光充電街路灯を指差した。 「でんきって、この電気?」 「そうだよ。」 「ふ〜〜〜ん。どうやって食べるの?」 「食べるんじゃなくって、吸い取るの。」 「すいとる?おいしいの?」 「ちっともおいしくなんかないよ。」 「どんな感じ?」 「ビリビリって、そういう感じ。」 「そんなの食べちゃあ駄目よ。身体に悪いわ。病気になるわよ。」 「仕方がないんだよ。」 「いろんなものを食べないと、身体に悪いわよ。」 「これしか食べられないんだよ。」 「可哀想なロボットのおにいさん。」 「食べたのは、それだけ?」 「お兄さんが帰ってきたら、一緒に食べるの。それまでは我慢するの。」 「そういうことか。」 「そういうことで〜〜す。」 「ご飯は、ちゃんと食べないと、人間はいらいらして馬鹿になります。」 「そうなの?」 「そうなんです。ご飯は、誰がつくってるの?」 「お母さん。でも病気だから、外には出られないの。」 「病気じゃ、仕方ないね。」 「うん。」 「遅いなあ、お兄ちゃん。」 「いつもは、もっと早いの?」 「うん。お兄ちゃんは足が速いの。」 「そうなの、じゃあ僕と同じだあ。」 「ロボットのおにいさんも早いの?」 「そうだよ。」 「お兄ちゃんと、どっちが早いかなあ?」 「さ〜〜〜あ、やってみないと分からないよ。」 「お兄ちゃんがのほうが早いに決まってるわ。」 「どうかな?」 「運動会で、いつも一番なんだから。」 「それは、すごいなあ〜。」 「高野山で一番早いんだから。」 「競争してみたいなあ。」 「あんたなんかには負けないわよ。早いんだから。」 「やってみないと分からないよ。」 「お兄ちゃんが勝つに決まってるわ。」 家の中から声がした。 「真由美ちゃ〜〜ん。」 「あっ、お母さんが呼んでる。」 少女は、家の中に駆けて行った。紋次郎は、月を見上げながら歌いだした。
通りゃんせ〜 通りゃんせ〜 ♪ 行きは良い良い 帰りは酔っぱらい 酔っぱらい ♪
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