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作品名:ニート革命軍 作者:毬藻

第75回   仁義
食事をしていると、ロボットの紋次郎が入ってきた。
龍次の傍らで立ち止まり、頭を下げた。
「龍次さんに、お願いがあります。」
龍次は、紋次郎を見上げた。
「なんだね?」
「物置き小屋にある自転車用の、アルミのミニリアカー、捨てるって言ってましたね?」
「ああ、使わないから邪魔なんだよ。それがどうしたの?」
「あのミニリアカーをください。」
「いいけど、どうするの?」
「困っている子供がいるのです。その子にあげたいのです。」
「困ってる子って?」
「龍次さんが教えてくれた、トマト売りの少女です。」
「あの子にあげるの?」
「はい。子供がトマトを持って歩くのは大変です。だから、あの子にあげたいのです。」
「ああ、それはいい考えだね。気がつかなかったよ。持って行ってあげなさい。」
「ありがとうございます。」
「君は、見かけによらず、心が優しいんだなあ。」
「ロボットには心なんてものはありません。人間を黙って助けるのが、ロボットの仁義でござんす。」
「ござんす、ロボットの仁義?」
「はい。」
「仁義なんて、懐かしい言葉だなあ。」
「膳は急げと言いまする。失礼いたしまする。」
紋次郎は、深く頭を下げると出て行った。
アキラが二人に質問した。
「変んな言葉使っちゃって。仁義って、なに?」
ショーケンは鼻で笑っていた。
「変な時代劇でも観たんじゃないのか。仁義ってのは、仁義だよ。」
解説を始めたのは、やはり龍次であった。
「仁義の仁とは、己に克ち、他に対するいたわりです。義とは、倫理にかなっていることです。」
「ふ〜〜ん、なんだか難しいんだね。」
「昔の論語(ろんご)の教えです。孔子(こうし)の儒教(じゅきょう)ってやつです。」
「う〜〜ん、ますます分かんねえや。」
「子曰(しのたま)わくってやつです。聞いたことありません?」
「しのたまあく?…ぢぇんぢぇん、さっぱり。」
「やっぱり、時代が違うんですね。」
「がたがた、のたまってんじゃねえよ!ってのは聞いたことあるけど。親父がよく言ってた。」
「あっ、そうですか。」
「昔は、そういうの教えてたの?その、しぃなんとかって言うの?」
「昔って言っても、わたしの親の親の時代ですけど。祖父が、よく言ってましたね。」
「俺の爺ちゃんは、そんなこと言ってなかったなあ。」
「そうですか。」
ショーケンが横から口を出した。
「階級が違うんだよ。」
「かいきゅう?」
「この方は、労働者階級じゃないの。」
「ろうどうしゃかいきゅう?」
「一流大学でのインテリ階級。ただ働くだけの労働者じゃないの。」
「なるほどね。俺んちは、ずっと貧乏だったからね。大したもんだっだよ。」
「貧乏を威張ってどうすんだよ。」
「貧乏を、馬鹿にしちゃあいけないよ、兄貴。」
龍次の表情は、いつものように静かがった。諭すわけでもなく、誇示するわけでもなく。
「そうですよ。人間は、皆平等です。」
「皆平等だよね。学校の先生も、同じこと言ってたよ。」
親のないクローン・ショーケンの目は冷たかった。
「そんなもの、この世界のどこにあんだよ?」
「あるよ、探せば、どっかに。」
「どこにもないよ。そうやって、み〜んな騙されてんの。」
「誰に?」
「上の連中にだよ。」
「そうかなあ?」
「そういうのを、絵空事(えぞうあごと)って言うんだよ。そんなものはどこにもないの。」
「えぞらごと?」
「結局、人間も野蛮で残酷な動物なの。動物の世界には、平等なんてものはないの。」
「人間は、そんなんじゃないよ。」
「どんなんだよ?」
「もっと、助け合って生きてるよ。」
「他人の不幸を見て生きてるんだよ。動物よりも残酷な動物なの。」
龍次が、堪らず口を挟んだ。
「ショーケンさんは、クールだなあ。」
「兄貴は、いつもこの調子。」
「そうなんですか。」
「超クールなの。」
「論語(ろんご)なんて、昔の昔のことです。知らなくって、当然です。」
「それじゃあ、分かるわけないや。」
「そうですね。」
「論語って、たとえばどんなの?参考のために。」
「身体髪膚(しんたいはっぷ)これを父母に受く、あえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり。」
「しんたいはっぷ…、な〜んだか、言葉から分かんねえや。」
「親からもらった身体を大切にすることが、親孝行の始めである。という意味です。」
「…なある、ほどね。ピンとこないけど、意味は分かるよ。」
「やっぱり、今の時代の人には合いませんね。」
「親孝行ってのが、よく分かんねえ。」
「なあるほど。そうかもしれませんね。子供を虐待してる親がいるくらいですから。」
「そもそも、ろんごって何なの?」
「孔子(こうし)の言葉を集めた書物です。」
「その人、かなり昔の人なんだ?」
「正確な年代は忘れましたが、二千五百年くらい前の中国の人です。」
「そ〜んなに古いの。骨董品じゃん!」
「まあ、そうです。」
「なっんで、そんな骨董品の考えを、ちょっと前まで教えてたの〜?」
「そうですねえ、そう言われれば。」
ショーケンの言葉が、割って入った。
「つまり、親不孝をしてはいけないという教えでしょう?」
「そうです。その通りです。」
「今時は、親が子不幸してんじゃないの。だから、こんな所に来る人間がいるんじゃないの?」
「そうですねえ。」
龍次は、強く頷(うなず)いた。
ざわざわと音を立てて、川の水は同じ場所をいつものように流れていた。


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