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作品名:ニート革命軍 作者:毬藻

第74回   妖怪ひだる
少し風が吹いていた。入り口が開いたままになっていたので、室内にも遊び好きの子供のように風がやってきた。
いたずら好きの風の妖精が、女の子の手で撫でるように、アキラの頬を優しく撫でた。
「この風、いい匂いだなあ。」
「ヒノキの香りです。近くにヒノキ林があるんですよ。」
「ヒノキ?」
「ヒノキですよ。檜(ひのき)の風呂とか入ってことありませんか?」
「あ〜〜、あるある。あの匂いだ。なんだか懐かしい匂いだなあ〜。」
「檜(ひのき)の香りは、人や動物を癒す働きがあるんです。」
「なるほど〜〜ぉ。そう言われれば、そうだね。」
ショーケンは、黙って二人の話を聞いていた。
「兄貴、何注文したの?」
「定食。」
「定食って?」
「岩魚の焼いたのと、えぇっと、なんとか蓮根。」
「なんとか蓮根?」
「なんとかって言ったけど、忘れた。」
「じゃあ、俺もそれでいいや。」
龍次が答えた。
「からし蓮根です。」
ショーケンが合槌を打った。
「あっ、それそれ。からし蓮根。」
アキラが龍次に質問した。
「からしレンコン?食べたことないなあ。どんなの?」
「蓮根の穴に、辛子を練りこんで、油で揚げたやつです。」
「え〜〜、なんか辛そう。」
「大丈夫です。辛子だけじゃあありませんから。」
「じゃあ、もしかしたら蜂蜜とか入れてあるんだ〜?」
「その通りです。料理に詳しいんですねえ。」
「え〜〜、ほんと?冗談で言ったのに。」
「辛子とハチミツ、味噌を混ぜあわせたものです。」
「ははは、冗談から駒だぁ。」
「アキラさん、上手いなあ〜。」
「何が?」
ショーケンが窘(たしな)めた。
「ほんとうは、ひょうたんから駒って言うんだよ。」
「あっ、そうなの?」
ショーケンは二人の話を聞きながら、窓の外を見ていた。
「ここは、すっかり秋だなあ。」
龍次が得意の解説を始めた。
「高野山(こうやさん)は、関西では大台ケ原の次に、秋の訪れが早いんですよ。」
聞きなれない地名に、アキラが質問した。
「おおだいがはら?」
「屋久島の次に降水量の多いところです。人が入らない秘境です。」
「どこにあるの?」
「高野山の隣にあります。隣と言っても、山々の遥か向こうですが。」
「なんで、雨が多いの?」
「太平洋からの暖流が運んだ暖かくて湿った空気が、最初にぶつかるのが紀伊半島の高い山々なんです。」
「高い山にぶつかると、雨が降るわけね。」
「そうです。」
「俺、中学のとき、理科は案外できたから。」
「そうなんですか。」
「で、なんで人が入らないの?」
「入らないと言うより、入れないんですよ。」
「なんで入れないの?」
「コケの多い原生林が多くて、未開なんです。豪雨によって削られた絶壁もあるし。とても歩けません。」
「未開ってことは、ほぼジャングル?」
「くねくねした大台ケ原山の尾根を走る狭い十五キロ足らずの山岳道路と、山頂に九キロ足らずのハイキングコースがあります。それ以外は秘境です。」
「日本にも、そんなところがあるんだ?行ってみたいなあ。」
「本タタラの祟(たた)りがあります。行かないほうがいいです。」
「本タタラ、なんだそりゃあ?」
「あそこには、昔から人は入りません。本タタラという片目片足の妖怪がいるんですよ。」
「ようかい?」
「背中に笹をはやした片目片足の妖怪です。大きな声で人を呼び、逢うと気が狂うそうです。ひだるという妖怪もいます。」
「ひだる?」
「悪霊(あくりょう)だと言われています。」
「人を殺すの?」
「殺しはしませんが、取り憑かれると突然の脱力感に襲われ、何かにのしかかられたような重みを感じ、歩くことも出来なくなるそうです。」
「ふ〜〜〜〜ん…」
「鶴丸くんも、若い頃に大台ケ原で修行中に襲われたと言ってました。」
「その、ひだるって言うのに?」
「ええ。」
「何か、変なものでも食べたんじゃないの?」
「それは、本人じゃないので分かりません。」
「ほんとだとしたら、不思議だなあ。」


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