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作品名:ニート革命軍 作者:毬藻

第70回   佇む人
きょん姉さんは、ニコニコしながら老人の前に歩いて行った。
「ちょっとだけなら、いいですよ。」
姉さんは、嬉しさが込み上げてくるのを、必死で堪(こら)えていた。
老人は、深く頭を下げた。
「どうもありがとうございます。お礼などできませんが、いいですか?」
「いいです、いいです。」
「じゃあ、早速始めますか。そこへ座ってください。」
老人は、テーブルの長椅子を指差した。
姉さんは、
「ここですね。」と言ってから座った。
老人は、スケッチブックと色鉛筆を取ると、素早く描き始めた。
姉さんは、かしこまった顔で黙っていた。
「あっ、もうちょっとリラックスしてください。」
「はい。」
スケッチは、五分ほどで終わった。
「はい、終わりました。」
姉さんは、びっくりした。」
「もう終わったんですか?」
「ええ。」
「もうちょっと丁寧に描いたほうがいいんじゃないですか?」
「大丈夫です。」
老人は、スケッチブックを姉さんに渡した。
「どうですか?」
「わ〜〜、すてき〜、わたしじゃないみたい!」
「あなたのイメージです。」
「わたしって、こんなに清楚かしら?」
「そういうふうに見えますよ。」
「わ〜〜、嬉しいわぁ!」
「気に入ってもらえましたかな?」
「はい!」
「それ、差し上げますよ。」
「えっ、いいんですか?」
「はい、喜んでもらえる人がいれば、それでいいんです。」
「え〜〜、ほんとうにいいんですか?」
「はい。受け取ってください。」
「あのぅ、お名前は?」
「あっ、そうだ。サインしておきましょう。」
老人は、慣れた手つきで絵の下のほうに素早くサインした。姉さんには読めなかった。
「…何て書いてあるんですか?」
「萩原健一と書いてあります。」
「萩原健一!わ〜〜、ショーケンと同じ名前だぁ!」
「そうなんですよ。よく言われます。」
「ラッキ〜〜ぃ!」
「ショーケンが好きなんですか?」
「はい。ショーケンのファンなんです。」
「若いのに?」
「音楽には、歳は関係ありません。」
「音楽?彼は音楽家だっけ?俳優じゃないの?」
「俳優アンド歌手です。なによりも世界一のロック歌手です。日本のロック界のカリスマです。テンプターズのボーカルです。」
「テンプターズ?」
「ご存知ないんですか?」
「はい。」
「それは残念です。」
「そうだったんだあ、帰ったらインターネットで調べてみよう。」
「聞いたことあると思いますよ。」
「そうかも知れませんね。」
「エメラルドの伝説とか、有名ですから。」
「あぁ〜、エメラルドの伝説!知ってる知ってる!」
「わ〜〜、良かった。」
「み〜ずうみに〜〜ぃぃ♪ってやつでしょう?」
「そうです。そんな演歌調の曲じゃありませんけど。」
「あはははは、わたしの歌は、みんな演歌調なの。あはははは。」
「萩原さんは、ファンとか、そういうのはないんですか?」
「わたしはミーハーじゃないから、そういうのは。」
「そうなんですか。」
「若いころにはありましたよ。吉永小百合さんとか、女優とかに。」
「よしながさゆり…」
「あなたみたいに清楚で頭のいい人です。」
「え〜〜、わたし頭いいかしら?」
「頭のいい悪いは、ちょっと話せば分かります。」
「わたし、こう見えても、オテンバなんですよ。」
「そのように見えます。」
「ぃっやだぁ〜〜!」
「元気で、いいじゃないですか。近頃は、元気のない病人みたいな人が多いから。」
姉さんは、話題を変えた。
「先ほどは、何を眺めていらしたんですか?」
「山々です…」
「山々…」
「あの世が近くなってくると、この世の景色の何もかもが、悲しいほどに美しく見えてくるんですよ。」
「そうなんですか。」
「小さいころ、あの山の向こうには、いったい何があるんだろう。って思ったことはありませんか?」
「…あります、あります!」
「まだ、頭のなかに地図などが無くって、山の向こうは遠い遠い世界なんですよ。」
「そうですね。」
「あの頃は、幸せだったなあ…」
「人生って、知らないほうが幸せなのかも知れませんね。」
セピアな夕景のなかで、老人は静かに佇んでいた。姉さんの足元で、鮮やかで赤い彼岸花が、初秋の風と二人の話に相槌をうつように、ゆらゆらと揺れていた。


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