きょん姉さんは、小さい頃を懐かしむように、童謡を口ずさんでいた。
子供が帰った 後からは〜 まるい大きな お月さま〜 ♪ 小鳥が夢を 見るころは〜 空にはきらきら 金の星〜 ♪
福之助は、目を細めて聞いていた。 「いい歌ですねえ。」 「空全体に真っ赤に染まった夕焼けがあってねえ…」 「…」 「子供の頃は、夕焼け空になると、今日はもう、お終いになるんだよ。」 「そうなんですか。」 「あの頃は、なにもかもがロマンチックだったなあ…」 「ロマンチック…」 「カア〜♪カア〜♪とか、アホ〜♪アホ〜♪とか、カラスの真似しながら帰るんだよ。」 「そうなんですか。」 「お腹を、ペコペコに減らして帰るんだよ。」 「そうなんですかぁ。」 ドアは開けたままになっていた。姉さんは、少女がいなくなるまで見守っていた。遠くのほうで、少女が転ぶのが見えた。 「あっ、転んだわ!」 少女は、なかなか起き上がらなかった。 姉さんは、外に出ると、少女に向かって全速で駆け出した。 福之助は、目を丸めて驚いた様子で見ていた。 「早いなあ〜、さすが姉さん。」 姉さんが、少女を起こしてやるのが見えていた。何かを話していた。話し終わると、少女に手を振りながら、見送りながら戻って来た。 「怪我はしてなかったよ。」 「良かったですね。」
テレビでは、集団自殺のニュースをやっていた。
「あんな小さな子供でも、トマトを売って必死で生きようとしているんだよ。死んでたまるか!」 「そうですね。」 「死にたい奴は、死ねばいいんだよ。」 「人間は、心が邪魔をしてるんですね。」 「はっ?」 「人間の心は、劣等感と優越感でつくられています。」 「はっ?」 「劣等感や優越感の背後にあるのは、差別意識です。」 「はっ?」 「ロボットには、劣等感や優越感、差別意識はありません。」 「うん、それで?」 「よって、心の大きいほど、差別意識も大きいという結論に達します。」 「なんだって?」 「これが、わたしのCPUが導き出した答えです。」 「そんなの変だよ。間違ってるよ。お前のCPUは暴走してるよ。」 「暴走なんかしていません。」 「してるよ、きっと。」 「自分の心で悩むなんて、時間の無駄です。非論理的非合理的です。」 「それが、生きてるってことだよ。ロボットみたいに、ただ動いてるんじゃないの。」 「だったら、生きるって、とっても変なことですねえ。」 「お前、ちょっと休んだほうがいいよ。さっきから、言ってることが変だよ。」 「そうですか?」 「おかしなことばっかり言ってるよ。」 「そうですか?」 「人間は、ロボットみたいに単純じゃないの!」 「人間って、悲しいですね。」 「熱暴走かな?CPUの冷却ファン、ちゃんと回ってる?」 「回ってますよ。現在、四十一度です。」 「四十一度かよ、そりゃあ大変だ!入院入院!」 「人間の四十一度は入院ですけど、ロボットは50度までは正常範囲です。」 「そうなの?」 「大丈夫です。」 「じゃあ、狐でも憑いたんじゃないのか?」 「さっきに、おばあさんも同じことを言われました。お前には、狐が憑いてるって。」 「そうだそうだ、おそらく、狐かなんかが憑いてるよ。」 「そうかなあ。」 福之助は、目玉を上に向けて、「コンコン!」と鳴いてみせた。 「狐は、コンコンってなんか鳴かないよ。」 「本には、コンコンと書いてありましたよ。」 「ありゃあ、嘘だよ。」 「じゃあ、なんて鳴くんですか?」 「コケコッコ〜、だったかな・・」 「また、馬鹿にしちゃってえ〜!」 「テレビで見たけど、ギャァ、ギャァ!って鳴いてたよ。」 「そうなんですか。」 「ああ、ほんとだよ。」
テレビでは、豚インフルエンザのニュースをやっていた。
「姉さん、豚インフルエンザが流行ってます。気をつけましょう。」 「そうだね。」 アニーが、心配そうに尋ねた。 「わたし、豚インフルエンザじゃないかしら?」 姉さんは、アニーの傍らまで歩み寄ると、優しい声で慰めた。 「大丈夫ですよ。豚インフルエンザに感染するのは、豚人間だけですから。」 福之助が、相槌を打った。 「そうです、そうです。」 「人間だけが生きているわけじゃあないからね。」 「はい、そうです。」 「ウイルスだって、一生懸命に生きているんだよ。」 「そうですね。」
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