警官は、頭を少し下げながら、身分証明カードを龍次に返した。 「保土ヶ谷龍次さんって、ニート革命軍最高幹部の人と同じ名前ですねえ。漢字も同じなんですねえ。」 「そうなんですよ。時々尋ねられるんですよ。」 「そうでしょうね。」 もう一人の警官は、落ちる夕陽を見ていた。 「暗くなると、熊や猪(いのしし)が出てきますので、早く帰ったほうがいいですよ。」 龍次は、素直に答えた。 「そうします。」 「あっ、そうだ。変な連中を見ませんでしたか?」 「変な連中?」 「新日本赤軍が、大菩薩峠に入ったらしいんです。気をつけてください。」 「新日本赤軍…、ほんとうですか?」 「はい。マシンンガンなどの武器を持っていますので、すぐに分かります。」 「怖いなあ。すぐに帰ります。」 「道、分かりますか。途中まで先導しましょうか?」 「大丈夫です。」 「そうですか、じゃあ気をつけて。」 二人の警官は、頭を下げると、すたすたとパンタに戻って行った。 「こんなところに、長居は無用だ。」 龍次も、二人を追いかえるように、愛車のプリウスに戻って行った。 プリウスに乗ると、すっかり自然薯(じねんじょ)のことは忘れていた。アクセルを踏んだ。 薬莢(やっきょう)のことを思い出していた。 「あの薬莢(やっきょう)、新しかったなあ…」 笹で覆われ視界を遮る樹林のない峠からは、夕陽に染まる富士山が見えていた。 「綺麗だなあ。」 <右・福ちゃん荘>の看板が前方にあった。 「福ちゃん荘か、福ちゃん荘と言えば、赤軍派の大多数が武装訓練中に、機動隊に包囲されて逮捕されたところだなあ。」 チェ・ゲバラに傾倒し、世界同時革命に共感し、南米ボリビアでのゲリラ戦で死んだ友人のことを、龍次は思い出していた。 「誰からも搾取(さくしゅ)されない新しい自由を求めて、新しい平等を求めて、あいつは死んで行った…」 ひゅーひゅーと、木枯らし紋次郎のようなアナーキーな風が吹いていた。 「あいつは、人間らしく生きて死ぬ。って言ってたけど、人間らしくって、どういうことだろう…」 龍次は、答えのないまま生きている自分を感じていた。 「風のように生きればいいんだよ。どうせ、どうやっても最後には死ぬんだから。」 笹の葉が、ざわざわと歓声をあげていた。 「あの頃の人々は、太陽のように熱かったなあ。」 夕陽が、大菩薩峠の雲を真っ赤に染めていた。 「新赤軍か…、なんであいつら、こんなところに来たんだろう?」 三叉路になっていたので、龍次はプリウスを止めて、ナビゲーターで道を確認した。右には、畑が広がっていた。 「左だな…」 ダダダダダダダ〜〜! 突然、激しい銃声が聞こえた。 「なっ、なんだ!?」 龍次は、銃声の聞こえた方向と逆の方向に、プリウスを急発進させた。 「新日本赤軍か!?」 二百メートルほど走ると減速した。 「あの銃声は、ハイテク案山子(かかし)だったかな?」 龍次は、すっかり臆病になっていた。 「早く、帰ろう!」 前方から、頭脳警察のパトロールカー<パンタ>が、赤色灯を回転させ光らせながらやって来た。 「さっきのパンタかなあ?」
え〜〜 こちら頭脳警察〜 頭脳警察〜 社会に迷惑をかける 僻み根性の邪悪なる人間の屑 くずがありましたら 直ちに ただしに回収にまいりまぁ〜す
「社会のために闘って死ぬ奴は、自殺と同じだなあ。」 龍次は、元旦に獄中で自殺した、日本赤軍の森恒夫のことを思い出していた。 「二十五歳くらいの若さで、馬鹿な奴だ…、俺は今、わが身だけが可愛い…」
龍次は、友人の好きだった吉田拓郎の<我が身可愛いく>を歌っていた。
生きるか死ぬかの瀬戸際でさえ〜 へれへら笑ってぇいたかも知れぬ〜♪ 笑えば煮えくる〜 腹の虫も〜 たまには憩うというものだから〜♪ ここにいては駄目だ〜 このままでは駄目だ 鋭い刃をひとふりせねば〜♪ 信じるものなど語るに落ちて〜 誇りを持てよとくちばし青く〜♪ 醒めた顔など流行の歌で胸いっぱいだ〜♪ やるかやられるか 噛みつくまでだ〜♪ 邪魔だ そこのけ〜 おいらが通る〜♪ まやかし笑顔は〜 勝手につるぅめぇ〜♪ 毒を食らわば〜 共に倒ぉれ〜 正義のためなど言葉の遊び〜♪ 我慢が出来ぬ〜 もう我慢がならぬ〜 冷たい雨を降らせてくれる〜♪
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