その頃、自然薯(じねんじょ)の龍次は、大菩薩峠のどこかで、熊避けにラジオを鳴らしながら自然薯(じねんじょ)を掘っていた。 「もう少しなんだけどなあ・・」 山芋掘りの道具を手に、必死に掘っていた。 「よ〜〜し、もう少しだ!じねんじょ、じねんじょ!」 夕陽が沈み込もうとしていた。闇が迫っていた。 「やっばいなあ・・」 龍次は、掘るのを止めた。 「引き抜いてみるか。」 思いっきり引き抜いた。自然薯(じねんじょ)は途中で折れた。 「あ〜〜あ、やっちゃった!」 自然薯(じねんじょ)は、約三十センチのところで折れてしまった。 「しょうがない。」 今まで、林の中を我が侭な子供のように吹いていた風が、孤独な冷たい風に感じて、身をすくめた。 上空を見ると、高層のうろこ雲の下を、ひとつの逸(はぐ)れ雲が、風に泳いでいた。 「やっぱ、この辺りは標高が高いから、陽が落ちると冷えるなあ。」 リスのような小動物が、近くを素早く駆けて行った。 「なんだ、今のは?」 林の中から、ガサガサっと音がした。龍次は、用心深く周りを見回した。 「うん、何かいるのかな?」 何もいなかった。 少し傾斜した山肌を、夕陽が差し込んでいた。足元に、その夕陽に照らされ、光るものがあった。 「うん、何だ?」 龍次は、山芋掘り道具を土に突き刺して、右手で拾った。 「何だろう?」 親指くらいのものだった。使い終わった口紅ように、中は空洞になっていた。 「ひょっとすると、銃弾の薬莢(やっきょう)?」
え〜〜 こちら頭脳警察〜 頭脳警察〜 社会や人々に迷惑をかける 僻み根性の人間の屑 くずがありましたら 直ちに ただちに回収にまいりまぁ〜す
「頭脳警察のパンタだ!」 茂みの間から、頭脳警察のパトロールカー<パンタ>が見えていた。 パンタは、龍次のプリウスの前で止まった。 「なんでこんなところに、パンタが?」 二人の警官が降りてきて、龍次のプリウスの中を覗いていた。 覗き終わると、龍次の方にやって来るのが見えた。龍次は、慌てて薬莢(やっきょう)を草むらに捨てた。 二人の警官は、すたすたと無言でやって来て、龍次の前で止まった。 前の警官が尋ねた。 「こんなところで、何してるんですか?」 「いやあ、自然薯(じねんじょ)を取ってたんですよ。」 龍次は、手に持っている自然薯(じねんじょ)を見せた。 「自然薯(じねんじょ)ですかあ。この辺りの方ですか?」 「いいえ、横浜です。」 「横浜から、わざわざ。」 「ええ。ここの自然薯(じねんじょ)は特別なんですよ。」 「何が特別なんですか?」 「味です。美味しいんですよ。」 「そうなんですか。それは知らなかった。今日は、お休みですか?」 「ええ、内職で休みを取りました。」 「内職?」 「内職で、ハイテク案山子(かかし)を作っているんです。」 「ハイテク案山子(かかし)?」 「時々、畑に立っているやつですよ。マシンガンを持って。」 「あ〜〜、あれですか。売ってるんですか?」 「ええ、今日は十本持って来たんですよ。まとめて買ってくれた人がいまして。」 「ああ、届けに来たんですか、ここまで?」 「そうなんです。」 「いい内職ですねえ。」 「来たついでに、自然薯(じねんじょ)をと思いましてね。」 「そうだったんですか。」 「僕は、迷惑をかける僻み根性の邪悪なる人間の屑、なんかじゃありませんよ!」 「…そうですね。目を見れば分かります。」 後ろの警官が、出てきた。 「失礼ですが、何か身分証明カードみたいなもの持っていますか?」 「ええ、ありますよ。」 龍次は、上着の内ポケットから、身分証明カードを出した。 「どうぞ。」 尋ねた警官に手渡した。警官は、携帯の身分証明カードモニターに差し込んだ。 「国際連合プラントエンジニア…、チーフ・テクノロジー・オフィサー…」 「日本語で言うと、最高技術責任者です。」 「国際連合の方ですか。失礼しました!」 二人の警官は、敬礼をした。龍次は、ほっとして微笑んでいた。
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