「姉さん。龍次たちがやって来ました。」 アニーが、双眼鏡を二つ持ってきた。一つを姉さんに渡した。 「あ、どうも。」 「これだけ離れてると、カーテンをもう少し開けても大丈夫じゃないかしら。」 「そうですね。福之助、もう少しカーテンを開けて。」 「はい。この窓ガラスは、昼間は外から中は見えないんですよ。」 「ああ、そうなの。でも念の為に、これでいいよ。」 「はい。」 福之助の目は、目玉を出して望遠になっていた。 「あっ、昨日コンビニで逢ったアキラさんだ。」 「アキラさんって?」 「夏の花火大会のときに逢った人です。」 「野球帽の人?」 「そうです。龍次の隣にいるやつ、なんだかショーケンに似てますねえ。」 「ショーケン?」 アニーは、しゃがんで見ていた。 「ほんとだ、似てる。」 福之助の右足を、左腕で巻きつけて見ていた。 「福之助さんって、スベスベ肌ねぇえ。」 「アルミの肌です。」 「とっても、気持ちいいわ。」 「ほんとですかあ?感激しちゃうなあ。」 姉さんは、福之助の後ろで見ていた。 「似てるねえ。ありゃあ、まるっきしショーケンだよ。」 「そうですねえ…」 「あ〜、木が邪魔して、見えなくなっちゃった。」 「あの木、邪魔ですねえ。」 「しょうがないよ。あの丘の上の天文台みたいな建物は何なんだい?」 その質問に答えたのは、アニーだった。 「あれは、天文台です。」 「やっぱり、天文台なんですか。」 「高野山は、星の美しいところとしても有名なんですよ。」 カランカランと、真鍮(しんちゅう)のドアベルが鳴った。男の声がした。 『花菱(はなびし)で〜す!』 「あっ、出前だわ。」 福之助が出ようとした。姉さんが腕を伸ばして止めた。 「おまえじゃあ、びっくりするからいいよ。」 姉さんが出た。 出前の男は、中に入って来て、テーブルの上に注文したものを並べた。 姉さんが、代金を支払うと、 『まいどありがとうございま〜〜す。』と言って、ドアを静かに閉めて、出て行った。 「さあ、食べましょう。福之助、カーテン閉めて、もういいわ。」 「はい。」 「カレースープを持ってきて。」 「はい。」 「おまえは、座って充電でもしときな。」 「はい。」 アニーが、聖母の眼差しで福之助を見た。 「福之助さんと食べられなくて、残念だわぁ。」 「だったら、隣に座って食べるふりをしましょうか?」 「それはいいわね。」 福之助は、アニーの横に座った。アニーは、モナリザのように微笑んだ。福之助は、アニーの十八番(おはこ)のウインクで答えた。 姉さんは、福之助の前に座った。 「なんだい、そのウインク。気持ち悪いなあ。」 アニーは、福之助を見ながら小さな笑いを漏らしていた。 「家族団らんで食べましょう。」 「姉さん、皿とスプーンだけください。」 姉さんは、黙ってテーブルの上の皿とスプーンを取って、福之助の前に置いた。 「はいよ。」 「どうも、ありがとう。」 姉さんとアニーは、「いただきます。」と言った後、食事を始めた。 姉さんは、目の前の料理を眺めた。 「これが、花御堂(はなびどう)弁当か…」 姉さんは、食前酒を一口飲み込んだ。 「うん、なんだこの味は?」 「山桃の食前酒と書いてあります。」 「山桃…」 姉さんは、料理のパンフレットを見た。 「味御飯・四季煮合せ盛込み・茄子の田楽・果物・ゴマ豆腐・味噌汁・山桃の食前酒…」 「このゴマ豆腐、とってもおいしいわ。」 「花菱は天皇陛下が高野山に来たときに、精進料理をおもてなししたと書いてあるわ。」 福之助が、スプーンを持ち食べるふりをしながら答えた。 「そうなんですか。」 姉さんは、ひとくち、ふたくちと箸を移動させていた。 福之助は、感心した様子で姉さんを見ていた。 「姉さんは、いつ見ても箸名人だなあ。」 「この、茄子の田楽はいけるねえ〜。」 福之助は、好奇の眼差しで見ていた。 「それも、紅流(くれないりゅう)ですか?」 姉さんは、その問いかけには答えず、黙々と食べていた。
|
|