カレーの匂いが、部屋中に満ちていた。寝ていたアニーが、上体を起こした。 「何をつくっているんですか?」 姉さんは、台所に立ちエプロンをしていた。 「野菜のカレースープです。身体が温まるんですよ。」 「いろいろと、すみません。」 「いいんですよ。料理は趣味ですから。」 「ほんとうに、ごめんなさい。」 「気にしないでください。」 福之助は、姉さんの隣にいた。 「姉さんは、料理が上手なんです。」 姉さんは、エプロンを外し、福之助に渡した。 「ちょっと、オレンジソーダとブルーベリーコーラを買ってくるから。」 「はい。」 「あと二十分くらい、弱火で煮込んだら、火を止めてね。」 「はい。」 きょん姉さんは、ドアを開け出て行こうとした。慌てて、福之助が止めた。 「あっ、鍵言葉は?」 「あ、そうか。さっきのでいいよ。」 「アイアンメイデンですね。」 「そう、アイアンメイデン!」 「姉さん、忘れないでよ。」 「ああ。」 「あいつらに見つからないようにね。見つかったら、黙って逃げてよ。」 「ああ、これでも昔は陸上部で、百メートル十一秒だったんだから。」 「その過信が心配なんです。」 「大丈夫だよ。すぐに帰ってくるから。」 姉さんは、出て行った。セグウェイに乗ろうとしたが、腕時計を見て止めた。 「もうすぐ五時だわ。これじゃあ、目立つな。」 セグウェイは、ログハウスの裏に表から見えないように置いてあった。 「歩いていくか。」 姉さんは、病院に向かった。 「病院の前の自販機に、たしかブルーベリーコーラがあったような…」 転軸山公園(てんじくさんこうえん)に向かう路を、ニート革命軍らしき集団がやってくるのが見えた。 「あれ、なんだあいつら、帰りが早いなあ?」 姉さんは、大きな木の背後に隠れた。 ニート革命軍の服装をした六人が、やってきた。 姉さんは、携帯電話を上着のポケットから取り出した。 「ついでだから、一枚撮っていくか。」 彼らは目の前を、何事かを喋りながら通り過ぎて行こうとした。 「よし、今だ。」 姉さんは、シャッターを押した。 シャッター音に、隊員の一人が気付いた。 「誰だ!?」 「木の後ろに、誰かいるぞ!」 姉さんは、逃げようとしたが、あっと言う間に囲まれてしまった。 「おまえ怪しいやつだなあ。何やってるんだ、今カメラで撮っただろう?」 「いいえ。」 「嘘つけ!」 姉さんは、二人の男に両脇をかかえられ、引きずり出された。 「乱暴ねえ、何するんですか!?」 「お前、スパイだろう!?」 「スパイ?何のことかしら?」 後方から、鶴丸隼人がやって来た。 「どうしたんだ?」 「こいつ、スパイです。木の陰に隠れて、写真を撮ってました。」 きょん姉さんは、七人の男達に囲まれていた。観念した姉さんは、まるで酔ったように踊り出した。 みんなは、びっくりした。 「なんだ、こいつ!?」 足取りはフラフラと、腕の動きは円を描くように踊り出した。 「なんだ、なんだ?」「あ〜、見てると、目が廻る…」「地震だぁ〜!」 みんなは、前のめりに倒れこんだ。鶴丸隼人は慌てて目をつぶった。 「みんな、見るな!」 用心深く目を開けると、いなくなっていた。 「あれは、紅流(くれないりゅう)、踊り酔拳(すいけん)!」
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