金剛峯寺境内(こんごうぶじけいだい)の大塔の鐘、通称高野四郎の鐘の音が、午後五時を告げていた。 白・黒・茶色の体に灰色の羽を備えた、ダンディな山雀(やまがら)が寝床の山に向かっていた。 アキラは、腕時計を見た。 「兄貴、五時だ。」 「やっと終わったな。」 「そうだね。」 「龍次が、今日は転軸山公園(てんじくさんこうえん)に集合って言ってたぞ。」 「ああ、そうなの。」 消防署の方から、赤い自転車に乗った少女が叫びながらやってきた。 「ショーケンさ〜〜ん!」 昨日のリスカの女子高生、歩(あゆみ)だった。 ショーケンは、軽く手を振った。アキラは、横に大きくゆっくりと手を振っていた。 「よ〜〜〜お、歩(あゆみ)ちゃ〜ん!」 少女の後方を、婦人が電動自転車を漕いでいた。 歩(あゆみ)は、ショーケンの前で止まった。 「お母さんを連れてきたの。」 電動自転車も、ショーケンの前で止まった。にこにこしながら、婦人が降りた。 「きゃあ〜〜、ほんとだ〜〜、ショーケンだわ〜!」 ショーケンは、慌てて返事をした。 「ショーケンと言っても、偽者なんですよ。」 「偽者?」 「なんというか、本物なんですけど、偽者なんです。」 「…どういうことかしら?」 「コピーなんです。」 「コピー?」 アキラが割って入った。 「兄貴は、ショーケンのクローンなんです。」 「クローン…」 「つまり、ショーケンの細胞から生まれた、コピー人間。」 「コピー人間?まさか!」 歩(あゆみ)ちゃんが、横から口を出した。 「お母さん、クローンがよく分かってないんですよ。」 歩(あゆみ)の母は、首を傾げていた。 「どういうこと?声も話し方も、ショーケンよ。」 「ほら見てよ、お母さん。本物が、こんなに若いわけないでしょう?」 「髪も長いし、そう言えば、そうだわね…」 「だから、コピーなの。分かった?」 「そうなの?でも、昔のショーケンにそっくりだわ。」 「だって、コピーなんだもん。」 「コピーってことは、歌とかの才能もあるの?」 「あるわ。昨日歌ったもん。ねえ、アキラさん!」 「兄貴は、何から何まで、そっくりなんですよ。ショーケンなんです。」 「あなたは、傷だらけの天使のアキラさんに似てるけれど、よく見ると違うわねえ。」 「俺は、クローンじゃないよ。ただの、そっくり人間。」 「ああ、そうなんだ。」 歩(あゆみ)の母は、ショーケンをまじまじと見ていた。 「…どうでもいいわ。この人、ほんもののショーケンだわ〜〜!」 ショーケンは微笑んだ。 「ありがとうございます。」 「シャウトしてくれまっす?」 「シャウト?」 「ゥオ〜とか、ァウ〜とか。得意のハスキーな裏声で。」 ショーケンは、アクションを交えて応じた。 「ゥオ〜〜、カモン!」 「きゃ〜〜、ショーケ〜ン〜〜!」 数人の通行人が、その甲高い婦人の声にびっくりして振り向いた。 「あっ、そうだそうだ!歩(あゆみ)ちゃん、無花果饅頭(いちじくまんじゅう)を差し上げて。」 「はい、お母さん。」 歩(あゆみ)ちゃんは、電動自転車の前籠から、紙袋を取り出した。 「はい。」 歩(あゆみ)ちゃんの母は、それを受け取ると、ショーケンに渡した。 「ショーケンの好物、無花果(いちじく)を饅頭にしたの、食べて〜。」 そう早口で言うと、ショーケンに渡した。 「無花果(いちじく)の饅頭?」 「ええ、今朝作ったの。食べて。」 「無花果(いちじく)の饅頭なんて、こんなの初めてだなあ…」 「好きなのよね、無花果(いちじく)?」 「ええ、まあ。」 「一口食べて見て。口に合うかしら?」 歩(あゆみ)ちゃんの母は、袋から一個取り出して、ショーケンに渡した。 ショーケンは、黙って食べた。 「うん、おいしい!」 「きゃ〜〜ぁ、おいしいだって!」 その甲高い婦人の声にびっくりして、木の枝に止まっていたカラスが飛び去った。
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