「世の中は、ちょっと馬鹿、ちょっと精神異常者が多いんだよ。」 「ちょっと馬鹿って、どういうの?」 「病院に行くほどでもない馬鹿や精神異常者。」 「そんなに多いの。」 「ゴキブリが一匹いると、十匹は隠れているって言うだろう。」 「なるほどね。」 「親としても、病院には入れたくないわけよ。体裁もあるし。」 「なるほどね。」 「病院も、他人に迷惑をかけなければ、病院には入れないんだよ。」 「なるほどね。」 黙って聞いていたショーケンが、アキラをギョロっと見た。 「おまえ、さっきから、なるほどねばっかじゃんよ。何かないのかよぉ、意見は。」 「…ないね。まったく知らない世界だから。」 「少しは、憶測して考えろよ。」 「おくそくって、何よ?」 「そんなことも知らねえのかよ。」 「想像力だよ。自分で考えるの。」 「そうか、じゃあ、将棋みたいなもんだ。」 「なんだい、あの将棋は?穴ぼこに閉じこもって。考える必要がない将棋だよ。」 「穴熊戦法って、ちゃんとした戦法なの。」 「そんな変な戦法に頼ってないで、自分で考えるの。熊じゃ駄目なんだよ。」 熊さんは驚いた。 「えっ!?」 「熊さんのことじゃなくって、将棋のこと。」 「あっ、そう。そういうのがあるんだ。」 「熊さんも、将棋は知らないんだね。」 「う〜〜ん、どうもああいうのはな。」 ショーケンは、熊さんを見た後、アキラを見た。 「ウサギ戦法ってのはないのかよ。」 「そんなのねえよ。」 「じゃあ、作れよ。」 「俺が?」 「誰が作んだよ?そういう心得が駄目なの!自分で創作するんだよ。」 龍次が、リアカーを引いて近づいて来るのが見えた。三人の前で止まった。 「終わった?」 熊さんが答えた。 「ほぼ終わりました。」 「じゃあ、次の場所に移動しましょう。」 龍次の携帯電話が鳴った。龍次は電話を取った。 「はい、龍次です。」 龍次は、眉間にしわを寄せながら話していた。 「あっ、じゃあ今日は無理だから、村に連れてってよ。安静にして休ませて。」 龍次は、電話を切った。 熊さんが尋ねた。 「杉本さんのことですか?」 「そうです。かなり痛いみたいですね。」 「腰は、突然来るからなあ。」 「病院が近くにあって、良かったです。」 「ここには、何でもあるからなあ。」 「じゃあ、教会の方に行きましょう。」 アキラは、目を見開いた。 「え〜、キリスト教もあるの、ここ?」 「教会と言っても、大師教会と言って、真言宗の教会です。」 「なあんだ、そうか。」 教会の方角から、女が小走りにやってきた。 「龍次さん、龍次さんのファンという男が、龍次さんを訪ねてきています。」 「ファン?」 「そう言ってます。」 「龍次さんの、地球環境主権論という本を見たと言ってます。」 「あっ、そう。」 「どうしますか?」 「ちょうどいい、そっちに行こうと思ってたとこなんだよ。」 みんなの横を、数人のオートバイクに乗った若者達が、爆音を轟かせながら通り過ぎて行った。 熊さんは怒っていた。 「まったく、場違いな野郎どもだなあ。人間の屑だな〜。」 龍次が、その言葉に答えた。 「ああいうのも、人間らしくて、いいんじゃないですか。」 「そうかなあ。ありゃあ、野蛮人だよ。」 「彼らも、野生の大地を求めているんですよ。」 「そうかなあぁ〜?」 ショーケンが、遠ざかった彼らに視線を残しながら、ポツリと言った。 「人間というよりも、獣(けもの)だよ、ありゃあ。」 龍次の目は、冷静で穏やかだった。 「ショーケンさんらしい意見ですね。」 龍次は、人工生命のクローンを見るように、ショーケンを見ていた。 熊さんが、ぼやいた。 「あんなのが子供にいたら大変だよ。」 クローンのショーケンには、その言葉の意味が分からなかった。 みんなは、大師教会に向かって歩き出した。爽やかな初秋の空には、雲一つ無かった。
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