黄色いフードつきのジャンパーを着た男が、叫びながらやってきた。 「幸福〜!幸福〜〜!」 アキラは驚いて、その男に視線を移動した。ショーケンも、その男を見ていた。 「兄貴、なんだ、ありゃあ?」 「精神病一歩手前だなあ、ありゃあ。」 「怖いなあ。」 「幸福錯乱病だな。」 「幸福錯乱病?」 「幸福を求めると、ああなっちゃうんだよ。」 「え〜〜、なんで?」 「幸福なんてのは、どこにもないんだよ。それに気付いて神経が切れるんだよ。」 「え〜〜、どういうこと?」 「幸福なんてものは、幻想なんだよ。夢なの、だからどこにもないの。自分勝手な妄想なの。」 「そうかなあ。」 ショーケンとアキラは、龍次から離れたところで、溜まった枯葉の掃除をしていた。急に、生垣(いけがき)から、茶褐色の狸(たぬき)が飛び出してきた。アキラは、軽く飛び上がった。 「おっと、タヌキかよ〜!」 タヌキの現れたところから、猫が出てきた。タヌキは脱兎のごとく逃げて行った。 「やっぱ、高野山だなあ。タヌキなんかが出てきちゃうんだねえ。」 「アキラ!」 「なんだよ、いきなり大きな声で?」 「今のタヌキ!」 「タヌキが、どうしたの?」 「クローンだよ。」 「え〜〜っ!?」 「クローンのタヌキだったよ。」 「なんで分かんの?」 「クローンには、クローンが分かんだよ。」 「クローン?」 「親の無い生命の悲しみがあんだよ。」 「そうなんだ。」 「普通の人間には分からないよ。」 「ってことは、この近くにクローンを作るところがあるってこと?。」 「そういうことだな。」 「高野山は、クローンも作ってるってこと?」 「そういうことになるかな。」 「不気味だね、おっかねえ〜。」 前方から、銀杏(ぎんなん)拾いの熊さんがやってきた。 熊さんの前を、数台のクルマが通り過ぎて行った。熊さんは、歩道の掃除をしながらぼやいていた。 「俗人がクルマに乗って、ガソリンの屁をブーブーこいて、下界から毎日やってくる。何しに来るんだ?」 クルマの助手席の女が、歩道を歩いている修行僧たちをカメラで撮っていた。 「どうせ、写真撮って、土産にゴマとうふでも買って帰んだろ。」 十人ほどの、お坊さんの集団がやってきたので、熊さんは、お辞儀をした。 お坊さんたちは、口々に「ごくろうさまです。」と言いながら、通り過ぎていった。 熊さんは、ショーケンの前で立ち止まった。 「やあ、ショーケンさん。慣れましたか、仕事?」 ショーケンは、軽く会釈した。 「いや〜〜、まだまださっぱりです。」 「ぼつぼつとやってください。」 熊さんは、アキラを見た。 「アキラさんも。ぼつぼつとね。」 アキラは、熊さんの腰に下がっている袋を見ていた。 「ずいぶんと拾ったね、銀杏(ぎんなん)。」 「これからだね。」 「熊さん、高野山は長いの?」 「半年くらいかな。なんで?」 「クローンとか、知ってる?」 「クローン、ああ知ってるよ。コピーの動物のことだろう。 「そうそうそう。」 「それがどうしたの?」 「高野山には、クローンを作ってるところとか、あるわけないよね。」 「そんなのないよ。聞いたことないね。」 「やっぱりね。」 「ああ、そう言えば、昨日ラジオで、ミイラからクローンってのやってたよ。」 「ミイラからクローン?」 「成功したら、エジプトのミイラの王様を蘇(よみがえ)らせるとか。」 「そりゃあ、凄いや。」 「高野山には、弘法大師のミイラがあるよ。」 「えっ、ほんと?」 「奥の院の霊廟(れいびょう)に眠っているよ。」 熊さんは、ショーケンの顔を見た。クローンのショーケンは黙っていた。
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