きょん姉さんは、隣のログハウスの老人を見ていた。 「わたしの父も、ああいう鋭い目をしていたわ。」 福之助は姉さんの横顔を見ながら、黙っていた。 「お父さんは、大学の先生で、空手の達人だったの。」 「そうでしたね。」 「わたしは有名な御転婆(おてんば)で、男の子をいじめて遊んでいたの。」 「今と、同じですね。」 「なんだって!」 「すみません。」 「怪我をさせた男の子の家に、母が謝りに行くの。」 「極悪だったんですね。」 「なんだって!」 「すみません。」 「で、お父さんが、わたしに空手の修行をさせたの。自分に厳(きび)しく他人に優しくを教えようとしたの。」 「自分に厳(きび)しく他人に優しく。ですか、武道の精神ですね。」 「自分に厳しくないと、他人には優しくなれないってことを知ったわ。」 「なるほどぉ。最近は、逆な人が多いですね。自分に優しく、他人に厳しい人が。」 「武道をやってるときは、とっても厳しかったわ。」 「ざまあみろ、いい気味だ!」 「なんだって!」 姉さんは、正拳突きで、福之助のアルミのボディを突いた。ボンッと音がした。 「すみません。プログラムエラーです。」 「でも、普段の父は、とっても優しかったわ。」 「そうなんですか。」 「ときどき、吉田拓郎の歌を、ギターを弾きながら歌ってくれたわ。」 「そうなんですか。」 「それはなぜか、小雨の夜だったわ。きっと何かあったんだわ。」 「どういう曲ですか?」 「いつか夜の雨が・・」 福之助は、電子メモリー内の検索を始めた。 「ありました。吉田拓郎・いつか夜の雨が。歌いましょうか?」 「えっ、あんたが?」 「はい。」 「じゃあ、歌ってみてよ。」
いつか 夜の雨が〜 走り始めたね〜 過ぎ去るものたちよ〜 そんなに急ぐな〜〜 ♪ 君の住む街を思い出させるねぇ〜 あの頃の愛の唄よ 喜びをうたうな〜 ♪ 君が吐く息に〜 呼吸をあわせながら〜 うたいつづける ぼくに〜 ♪ 君がどこへ行くのか 知らせてくれないか〜 帰っておいで ぼくに〜 ♪ いつか夜の雨が〜 君の寝顔に〜 安らぐひとときよ いつまでつづくか〜〜 ♪ 君の眠る部屋も〜 同じ雨だね〜 出てきてくれないか〜 いつでも待ってる〜〜 ♪ 僕の愛の唄は〜 子守唄になっろうか〜〜 ♪ つらく長い日々に〜 僕の愛の唄は慰めになったろうか〜 色あせやすい 日々に〜〜 ♪ いつか夜の雨が〜 いつか夜の雨が〜 いつか夜の雨が〜〜 ♪
「福之助、上手だね・・」 姉さんは、涙を流していた。 「お父さんに、似てましたか?」 「ちっとも似てなかったけど、とても似てたわ。」 「はっ?」 「どうもありがとう。」 「だったら、姉さん。」 「なんだい?」 「ロボットにも、もっと優しくしてください。」 「なんだってぇ!」
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