「ラブリーきょん姉さん。」 「鍵言葉が違います。」 「ん?おかしいなあ・・、ラブリーきょんちゃん。」 「鍵言葉が違います。」 「あっ、そうだった。可愛い今日子ちゃん。」 「鍵言葉が違います。」 「ん、何だったかなあ・・」 戦闘モードの福之助は黙っていた。 「あ〜、すっかり忘れちゃった。わたしだよ、可愛い声で分かるでしょう。」 「分かりますけど、鍵言葉を発声してください。」 「忘れちゃったんだよ〜ぉ。」 「鍵言葉を言わないと、開けることはできません。」 「ったく、融通の利かないボケロボットだなあ。」 「失礼なことを言わないでください。鍵言葉を言わないと、開けることはできません。」 「う〜〜〜ん、困ったなあ…」 携帯電話がかかってきた。アニーからの電話だった。 『鍵言葉は、アイアンメイデンです。』 「あっ、そうだった。アニーさん、どうもありがとう。」 福之助は黙っていた。姉さんは、大きな声で正確に丁寧に言った。 「アイアンメイデン。」 「鍵言葉、解除。」 福之助は、ドアを静かに開けた。 「お帰りなさい。」 「な〜にが、お帰りなさいだよ。まったく、融通が利かないロボットだねえ。」 「命令は絶対ですから。」 「もっと、ロボットはロボットらしく、論理的に行動したらどうなの。」 「命令は絶対ですから。」 「プログラムを変える必要があるな。」 「そうですね。」 アニーは、ベッドで横になっていた。 「アニーさん、どう?」 「さっきまで寒気がしてたけど、今は大丈夫。」 「体温計と有田(ありだ)みかんも買ってきたわ。」 姉さんは、体温計を渡した。 「ありがとう。代金は、後で払います。」 「いいんですよ、いつでも。」 「まったくマヌケだなあ、風邪なんか引いちゃって。」 「仕方ありませんよ。人間だけが生きているわけではありませんから。」 それは、福之助の声だった。 「風邪を引いても後手ひくな。」 変な言葉に、姉さんは首を傾げた。 「なんだい、そりゃあ?」 「将棋の格言です。」 「どういう意味なの?」 「勝負は、先手必勝という意味です。」 「ふ〜〜〜ん。あんた、変なこと知ってんだねえ。」 「どういたしまして。」 「ボケてるけどね。」 「そりゃあ無いよ、姉さん。」 転軸山森林公園には、大人六名が泊まれるログハウスが六棟あった。 大きな窓から見える隣のログハウスの前では、イーゼルを立てて絵を描いている初老の男が、筆を持って佇んでいた。 「姉さん、絵描きさんだあ。」 「あっ、ほんとだ。いいなあ、ここは優雅で。」 その男は、鋭い目で風景を物色していた。 「わたしも、描きたくなりました。」 「あんたは上手いけど、ありゃあ絵じゃないよ。」 「絵じゃない?」 「ただの写真。熱い血の通ってない魂のない模写。」 「でも、熱い電流が流れてますけどなあ〜。」 「けどなあ〜?、なんだい、その言葉使い?」 「失礼しました。エラーです。」 「あの目つきは、ただ者ではないなあ…」 「そうですか?じゃあ、わたしの目つきは?」 「あんたは、ただ者、ただ者ロボット。ただロボット。」 「あの人は、ただ生きてるだけの人じゃあないよ。」 「どういう意味?」 「欲望で生きてるんじゃなくって、信念とか思想とか哲学で生きている人ってことだよ。」 「じゃあ、わたしは、ただ生きてるだけってことですか?」 「あんたは、生きてるんじゃなくって、動いてるだけなの。生きてるんじゃないの。ドゥ〜ユ〜ノゥ?」 「あちゃ〜〜〜!」 「動いてるのと、生きてるのは、じぇんじぇん違うの。」 「あちゃ〜〜〜!」 「人間も、そういう人多いけどね。」 「そうですね。」
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