陽射しはきついが、心地良い風が木々を撫でながら、そよ風そよそよと流れていた。 きょん姉さんは、歌いながら帰路を急いでいた。 「秋を彩(いろど)る〜ぅぅぅ〜、 かえでや蔦(つた)はぁ〜ぁ、山のふもとぉの〜〜、すそ模様ぉ〜〜〜ぉお♪」 ここには、山があり雲があった。 「うまそうな雲だなあ〜。」 ここには、秋を眺める余裕があった。 「谷の流れぇ〜にぃ〜〜、散り浮くもぉみぃじぃ〜〜、波に揺ぅらぁれぇてぇ〜〜、離れぇて〜寄ぉってぇ〜〜、赤やぁ黄ぃ色ぉ〜〜の〜ぉ、色ぉさぁまざまぁにぃ〜、水の上にぃ〜もぉ〜、 織るぅ錦ぃぃ〜〜〜♪」 額(ひたい)の剥げた小柄な男が立っていた。きょん姉さんを、呼び止めた。 「ちょっと、お待ちください。」 姉さんは、セグウェイを止めた。 「なんでしょうか?」 「ニトロと申します。」 「ニトロ…?」 「心に爆発は欲しくありませんか?」 「心に爆発?」 「魂に爆発は欲しくありませんか?」 姉さんは、きっぱりと答えた。 「欲しくありません。急いでいるので、ごめんなさい。」 「これはこれは、失礼しました。」 男は、パンフレットのような紙を手渡した。 「気が向いたら、見てください。」 姉さんは、面倒なので受け取り、前進した。男は、頭を下げていた。 「なんなんだい、いったい?」 姉さんは、紙を見た。 「みんなで新しい仕事を作ろう!…ニトロ仕事開発研究所、ふ〜〜〜ん…」 姉さんは秋の空を見た。ここには、澄んだ青い空があった。鳥が舞っていた。 「剥げを愛する人はぁ〜〜、心広き人〜〜〜♪っと、きたもんだぁ〜。」 高野山病院の前だった。 「おや・・?あれ、紋次郎に似てるなあ。」 高野山病院の入口で、ロボットが人間をおぶっていた。 ロボットは、病院の中に入って行った。 「そんなはずはないな。」 転軸山(てんじくさん)公園内で、誰かがギターを弾きながら大きな声で歌っていた。彼の歌を聴いている者は、誰もいなかった。その男の歌唱力に、姉さんは思わず止まった。
丘を登って下界を〜見ると〜ぉ 小さな世界が そこにぃある〜 ♪ 人はあくせく何処へ行く〜ぅ 人は疲れた足取りで〜ぇ しかも〜 人は急いでいた〜ぁぁ ♪ 丘を登って下界を〜見ると〜ぉ 小さな世界が そこにぃある〜 ♪ 人は命の絶えるまで〜ぇ 人は短い人生を〜ぉ しかも〜 人は急いでいた〜ぁぁ ♪ 丘を登って下界を〜見ると〜ぉ 小さな世界が そこにぃある〜 ♪
「お上手ですねえ。」 姉さんは、手を叩いた。 「ありがとうございます。」 「練習ですか?」 「時々、歌いたくなるんですよ。」 男は、山々を見ていた。 「時々、何のために働いているのか分からなくなりましてねえ。」 「…」 「僕は、どうせ、誰からも相手にされない空気みたいなもんだと、気がついたんですよ。」 「何かあったんですか?」 「いやあ、時々、女房や娘に、お父さんって、空気みたいねって言われるんですよ。」 「ああ、それで。」 「まあ、自業自得ってもんですかね。」 「自業自得?」 「家族を放ったらかして、仕事以外は、まったく無縁でしたから。」 「で、空気だと言われたんですか?」 「どうせ、僕は空気ですよ。」 「でも、空気は一番大切ですわ。」 「えっ?」 「空気がないと、人間は生きていけませんわ。」 「あ〜、なるほどぉ。」 「大切なものは、当たり前になって、気付かないんですよ。」 「なるほどぉ〜〜!」 「私の父も、そうでしたよ。死んでから気がつきました。」 「いや〜〜、ありがとう!」 「大切なことは、死んでから気がつくんですよ。人間って、そういうもんですよ。」 「いや〜〜、時々死のうと思ったりしたけど、あなたの言葉で光明がさしました。弘法大師みたいな人だ!」 「それは、オーバーですよ。」 「死ぬことばっかり考えてたけど、愚かでしたよ。」 「死んでからのことは、死んでから考えればいいじゃないですか。」 「おお〜〜〜、素晴らしい言葉だぁ!」 男は、涙を流して、姉さんを見ていた。手を合わせていた。山は山らしく、そこにあり、雲は雲らしく流れていた。 きょん姉さんは、笑みを浮かべて観音菩薩のような表情で男を見ていた。 「人間は皆、自分自身が分からなくって、もがき苦しんでいるんですよ。」 「そうですね…」
男は再び歌いだした。
人間なんて らららららら ら〜らら〜 ♪ 人間なんて らららららら ら〜らら〜 ♪ 何かが欲しいおいら〜 それが〜 何だか分からない〜〜 ♪ だけど〜 何かが足りない〜よ〜 今の自分はおかしいよ〜 ♪ 空に浮かぶ雲は〜〜 いつか〜どこかに飛んでいく〜〜 ♪ そこに〜 何があるんだろか〜 それは〜 誰にも分からない〜 ♪
「お上手ですわぁ〜〜。」 「ありがとうございます。」 「歌ってバカになって、気楽に生きればいいんですよ。」 「バカになってですか?」 「気楽バカが一番です。」 「気楽馬鹿ですか…」 「気分バカです。」 「気分バカ…」 「ただし、知能はバカではいけません。ほんとうのバカになってしまいますから。」 「そりゃあ、そうだ。ははははは。」 「知能は、とっても高そうですね?」 「さ〜〜〜〜〜、どうでしょう?」 二人は、お互いを見ながら大きく笑いだした。 「お姉さんは、知能犯だなあ〜!」
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