「あっかんべ〜〜〜だ!」 きょん姉さんは、外国人のカップルに向かって、右手の人差し指で目を下を押さえながら、舌を出していた。 外国人のカップルは、姉さんを見て笑っていた。外国人の男が、「ファニイガール!」と言った。 姉さんの横には、福之助と女の子が手を繋いで立っていた。 女の子も、姉さんの真似をして、「あっかんべ〜!」をした。 「姉さん、何やってんですか?大人気(おとなげ)ないことして。」 「大人気(おとなげ)ない?そうかなあ〜?」 「行きましょう。ここにいると長くなりそうなので。」 「そうだなあ。」 福之助は、女の子の手をほどいた。 「さようなら、また来るね。」 「もう行っちゃうの!?」 「お仕事があるから。」 女の子は、少し涙目になっていた。 「絶対に来てよ〜!」 「たぶん、絶対に来るよ。」 姉さんが、「たぶんじゃなくって、絶対に来るよって、言ってあげなよ。」と、女の子の目を見ながら言った。 福之助は、少し大きな声で、「絶対に来るよ!」と、女の子に言った。 「ゆびきりげんまん!」 女の子は、福之助に右手の小指を出してきた。 「ゆびきりげんまん?」 姉さんが、お手本を見せた。 「こうやるのよ。」 「あっ、そう。」 福之助は、女の子の右手の小指に、右手のアルミの小指を絡めた。 女の子が、福之助の目をみつめた。 「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本飲〜ます!」 「ハリセンボン?」 姉さんが解説した。 「嘘ついたら、針を千本飲むの。」 「…いいですよ。針を飲むくらい、お安い御用で。」 「おまえ、な〜に言ってんだよ。」 「うん?どう答えればいいのかな?」 姉さんが、福之助の代わりに答えた。 「ナミちゃん、絶対に来るからね。」 アニーがやってきて、ウインクした。 「さあ、行きましょうか。」 老婆は、奥のほうで何かをしていた。老婆が出てきた。 「どうもありがとうございました。また来てくださいね。」 「ごちそうさまでした!また、来ます。お元気で。」 アニーたちは、セグウェイに乗り込んだ。 女の子は悲しそうに、福之助に向かって手を振っていた。 「バイバ〜イ!」 福之助も、「バイバ〜イ!」と言った。 白人のカップルも、「アニー、サンキュー、シーユーアゲン!」と言いながら、手を振っていた。 姉さんが、ぼやいた。 「なんだ、わたしには、誰も手を振らないじゃん。」 よく見ると、老婆が姉さんの横で手を振っていた。 「人生は、あっと言う間に終わってしまいますよ。大切に生きなさい。」 「はい。」 「人まねで生きてたら、人まねで終わってしまいますよ。自分に生きなさい。」 「はい。」 「たとえ貧しくとも、自分らしく生きてたら、内から幸せがやってくる。」 「はい。」 「自分の人生は自分で作るんです。だあれも作ってくれません。」 「はい。」 「ぶ〜ぶ〜言って、食べて寝るだけだったら、豚と同じだ。」 「はい。」 「あっ、そうだ。ときどき、熊の五郎が出るから気をつけなよ。」 「熊の五郎?」 「さいきん出る、神様の熊なんだ。この辺りは熊が神様なんだよ。もし襲ってきたら、何か食べ物をあげなさい。」 「え〜〜!?」 「何でもいいんだよ。何でも食べるよ。」 「じゃあ、人間も?」 「人間は食わないよ。」 「あ〜〜、良かった。」 「襲っても、女性のお尻を触って逃げて行くだけだよ。」 「え〜〜、変な熊!」 「まあ、滅多には出ないよ。」 「分かりました。」 「さっきの、狐憑きダンスを見せたら、逃げて行くよ。」 「ほんとですか?」 「ああ、驚いて逃げて行くよ。気をつけて行きなさい。」 「はい。」 姉さんたちは、それぞれに、それぞれの走り方で走り出した。 女の子と老婆が、そして外国人のカップルが、いつまでも手を振っていた。 道の右側には、丹生川(にうがわ)が流れていた。 姉さんが、川岸で座っている人を指差した。 「うわ〜、イワナを焼いてる。おいしそうだなあ。」 三人の釣り人が、竹串に刺したイワナを、おいしそうに食べていた。 「釣りたてが、おいしんだよなあ〜。」 姉さんは、一人で喋っていた。アニーと福之助は、そんなものは見ていなかった。高野山(こうやさん)に向かう道だけを見ていた。 右側に寄りすぎて、川に落ちそうになったので、あわてて左側にセグウェイをコントロールした。 「おっととと!」 その声を聞いた、前で走ってる福之助が振り向いた。 「どうしたんですか?」 「なんでもないよ。」 丹生川(にうがわ)の上流域は玉川峡と呼ばれ、高野山の摩尼川(まにがわ)を源流に美しい渓谷美をみせ、奇岩怪岩の点在する、整備されたウォーキングコースになっていた。 高野山(こうやさん)は、真言密教(しんごんみっきょう)の聖地であると同時に、迷える人をも救う<現世浄土>の地でもあった。 姉さんは、川に突き出た奇妙に多きい岩を見ていた。 「なに、あの大きな変な岩?」 アニーは、止まった。 「丹生都姫(にうつひめ)が降臨したという、明神岩です。」 「にうつひめ?」 それは、黒い不気味な形をした、三階建てのビルほどの巨大な岩だった。 「弘法大使を招いた、高野山の神様です。」 「そうなんですか。」 巨大な明神岩の前で、五人の修験者たちが、岩に向かって、両手で印を結び、何かを唱えながら佇んでいた。 姉さんの脳裏には、なぜかなぜか、ゼップの天国の階段の、天才ジミーページのギター音が流れていた。 「ロックな風景だねえ…」
|
|