「半分露天風呂に入ってたら、狸かアライグマが出てきて、何かを洗って行ったよ。びっくりしちゃったぁ!」 きょん姉さんは、ひょうきんな顔で戻ってきた。 「あれっ、誰もいない。」 部屋には、誰もいなかった。」 「上を向いてると、雨を見てると神秘的な気分になっちゃてさ〜。」 やっぱり、誰もいなかった。 「そうか、潤滑オイルを飲みに行ったんだ。」 姉さんは、浴衣姿になっていた。 「どこでやってんだろう?」 廊下に出て探し始めた。廊下には、六部屋あったが、どの部屋も声はしていなかった。 「おっかしいなあ・・」 庭があって、隣の建物に続く渡り廊下があった。庭の中ほどに、かわいい一階建の家があった。灯りがついて、カラオケが鳴っていた。 「あそこだな。」 そこまで、屋根つきの渡り廊下がつながっていた。 ドアには、カラオケ堂と書いてあった。 「からおけどう…」 姉さんは、トントントンとノックした。中から、ひょっとこ丸の声がした。 「どうぞ、お入りください。」 姉さんは、ドアを開けた。二人は歌っていた。
風に気ままな 千鳥足 夢見心地の旅に出る 〜♪ ああ ぐでん ぐでん 俺とお前は ぐでん ぐでん 〜♪ 廻り道でも 道は道 はるか どっかにたどりつく 〜♪
あの娘生れは 天ビン座 恋をはかりに かけた人 〜♪ 未練はないさと つよがれば ホレていたのね 胸にしむ 〜♪ ああ ぐでん ぐでん 俺とお前は ぐでん ぐでん 〜♪
思い出すたび ほろにがい あんときゃおまえと迎え酒 〜♪ ああ ぐでん ぐでん 俺とおまえは ぐでん ぐでん 〜♪ 今はなんにもできねえが いつかお返し するつもり 〜♪
人の心が川ならば 俺とおまえは 酒の川 〜♪ 夢も涙も この酒に 流し流され 生きて行く 〜♪ ああ ぐでんぐでん 俺とおまえは 酒の川 〜♪
姉さんは、中には入らず、黙って聞いていた。 福之助は楽しそうだった。
もしもこの俺つぶれたら ひょっと丸が かついで帰るだろう 〜♪ ああ ぐでんぐでん 俺とおまえは ぐでんぐでん 〜♪
ひょっとこ丸は、楽しそうだった。
もしもこの俺つぶれたら 服之助が かついで帰るだろう 〜♪ ああ ぐでんぐでん 俺とおまえは ぐでんぐでん 〜♪
姉さんは、静かにドアを閉めた。庭の常夜灯の下で、狸の親子が、秋雨に打たれながら佇(たたず)んでいた。 ノスタルジックな思いが、込み上げてきた。 「日本の秋だねえ…」 本堂の方から、法衣を纏(まと)った住職が歩いてきた。秋雨とぼんやりと語らってる、きょん姉さんを見た。 「どうかいたいましたかな?」 きょん姉さんは、我に返った。 「いえ、べつに。」 「どんな些細なことでも、ご相談ください。心にかかることがあると、身体に影響します。ご自身の人生を振り返り、あるべきありのままの人生を歩むための言葉を捜してあげます。」 きょん姉さんは、嬉しかった。 「ありがとうございます。」 「他の仏教のように、教えたり、諭すことは極力致しません。」 「はっ?」 「一緒に悩ませてください。」 「一緒にですか?」 住職は、大きく頷いた。 「はい。一緒に悩ませてください。」 「それが、真言密教ですか?」 「はい。それが、お大使さまの真言密教です。」 「一緒に悟ることができるんですか?」 「その必要はありません。なぜなら人は、生まれながらに悟っているのです。」 「え〜〜〜、うそ〜〜!?」 「あなたは、今まで勘違いをして生きてきたのです。」 「え〜〜〜!?」 「あの紫陽花(あじさい)のように。」 姉さんは、住職の視線に目を移した。 そこには、勘違い紫陽花(あじさい)が、赤く咲いていた。 「ほんとだ。なんで今頃?」 「おそらく、温暖化で勘違いして咲いたのです。人は皆、悩み勘違いしながら生きています。」 「そうかも知れない。」 「自然、つまり大宇宙を感じると、人は清らかで素直な心になります。」 「そうですね。」 「それが、大日如来の波動です。」 「だいにちにょらい…」 ほのかな、線香の香りが漂っていた。
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