「栗ご飯も良かったけど、かぼちゃを練りこんだ胡麻豆腐、おいしかったなあ。」 「そうですか。それは良かった。」 「お母さんにも、食べさせてあげたかったなあ。」 「そう言えば、この近くですよね。」 「うん。岸和田だよ。」 「帰りに行きましょう。」 「そうだね。あんたも紹介したいしね。」 「お婿(むこ)さんとしてですか?」 「おまえ、アホか!」 「失礼しました。」 かむろ大師の宿坊の一室で、きょん姉さんは、服之助と話しながら、窓の外の様子を眺めていた。 「降ってきたねえ。」 窓の外には、雨に打たれながら、白い花が一面に広がっていた。 姉さんは、その花に視線を合わせて見ている様子だった。 「綺麗な花だねえ。あれ、何の花なんだい?」 「蕎麦(そば)の花と言ってました。」 「蕎麦って、あんな白い花を咲かすんだ…」 「あっちの赤い花は、彼岸花です。」 「彼岸花か、鮮やかな赤だねえ…」 「マンジュシャゲとも言います。」 「ああ、そうなの?」 「はい。」 「ここにいると、なんだか心が穏やかな気持ちになるねえ。」 「雷鳴さえなければね。」 壁に、人物の墨絵が掛けてあった。 「この人、誰なんだろうね?」 「さ〜〜あ?」 ひょっとこ丸の声がした。 「入ります。」 姉さんは、即座に答えた。 「どうぞ。」 ひょっとこ丸は、引き戸を開けて入ってきた。 「ご注文のコーヒーです。」 「あっ、すみません。」 ひょっとこ丸は、黙って出て行こうとした。 「あっ、ちょっと。」 「なんでしょうか?」 姉さんは、墨絵を指差した。 「この人、誰なんですか?」 「織田信長と戦った、蓮上院弁仙です。」 「れんじょういんべんせん・・」 ひょおとこ丸は、墨絵の横に正座して説明を始めた。 「信長は、比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)を焼き討ちの後、織田十三万七千の大軍で高野山を包囲。高野山側では蓮上院弁仙を総大将として三万六千の僧兵と衆徒が織田勢に対抗し、天正十年(1582)二月学文路西尾山で両軍主力の激突がありました。」 「そうなの。で、どうなったの?」 「大日如来を唱えながら、死を恐れぬ奇襲戦法で、織田軍を悩ましたそうです。」 「さすが、裸足で火の中を歩く、真言密教だねえ。」 「で、どうなったの?」 「高野山の見方についた明智光秀の反乱によって、織田軍は退却しました。」 「ふ〜〜〜ん。天も味方したわけかあ。」 説明が終わると、ひょっとこ丸は黙って出て行った。 「あのロボット、真面目そうだね。」 「ロボットは、人間と違って、みんな真面目ですよ。」 「そうだね。」 姉さんは、座卓に上に置かれたコーヒーを飲み始めた。 「うん、いいね。」 サウスポーの姉さんは、左手で小指を立てて飲んでいた。 「姉さんは、コーヒーを飲むときに、小指を立てて飲むんですか?」 「親指を立ててたら、落ちるだろう。」 「あっ、そうか。」 姉さんは、テレビをつけた。リストラと過労死のニュースをやっていた。 「われわれ国家公務員は気楽だけど、巷(ちまた)の人は大変だよ。」 「そうですね。」 「みんな、病気になるために働いているようなもんだよ。」 「日本は、昔からそうじゃないですか?役人天下ってやつで。」 「まあね。」 「日本だけじゃありませんよ。」 「そうだね。どんな社会でも、優れた人間が優遇されるんだね。」 「動物の世界だって、同じですよ。強くて利口なやつが生き残るんですよ。」 「そうだね。」 「人間の社会は、法律があるだけで、本質は動物社会と同じですよ。」 「そうだね。」 「姉さんも、国家公務員だから、いいじゃないですか。」 「あたしゃあ、非常勤だよ。いつリストラされるか分からないよ。」 「わたしもですよ。旧式だから。」 「リストラされたら、一緒に辞めようね。」 「いいですよ。一緒に、何かやりましょう。」 「ほんとかよお。」 「はい。ところで、姉さんのモットーは?」 「冷静沈着なる感情で動く!」 「その意味、何回聞いても分かんないや。」 「理屈だけのロボットには、無理だよ。」 「そういうものですか。」 「お風呂に入ってくるよ。」 「はい。」 「目を閉じてると、シャンプーとリンスを間違えるんだけど、どうしたらいいんだろうね?」 「シャンプーには、触ったら、ギザギザがついていますよ。」 「あっ、そう。どこのメーカーのも?」 「ええ、そういう製品を共用品と言うんです。」 「ふ〜〜ん、そうだったんだ。」 「ひょっとこ丸と、オイルを飲みに行ってもいいですか。」 「ああ、いいよ。でも、ほどほどにね。明日は早いから。」 「分かりました。」
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