小雨が降っていた。 「元気そうだなあ。からだ、大丈夫か?」 「かだらは、でんでん大丈夫だぁ〜!」 「かだら?でんでん?」 「からだって言うのかな。でんでんは、ぜんぜんって言うのかな。」 「紀州弁だなあ。」 「われ、関東弁だなあ!ちょっと待っとくれ、自分も関東弁に切り替えるさかい。よし、大丈夫だ。」 「その服、濡れるぞ。」 「大丈夫だよ。ビニールだから。」 「雨の中を大変だなあ。」 「おまえこそ、アルミの裸体で、服ないのかよ〜?」 「そんなものないよ。」 「可哀想になあ。ひどいところで働いてるんだなあ。」 「服なんて、邪魔だよ。」 「ロボット労働監督署に訴えたほうがいいぞ。」 「これでいいんだよ。」 「きっと主人が、血も涙もない、ひどい人なんだろうなあ。」 「主人は、そこにいるけど、いい人だよ。」 「あの人かよ〜〜!」 「そうだよ。」 「女の人かぁ、いいなあ。」 きょん姉さんが、「は〜〜い!」と言って、出てきた。 「なんか、私のこと言った?」 福之助が慌てて返事をした。 「いいえ、別に!」 ひょっとこ丸は、深く頭を下げた。 「はじめまして、わたし、彼の古き友ロボットの、ひょっとこ丸と申します。」 「ああ、そうなの。はじめまして。」 きょん姉さんは、名刺を渡した。いつもの建て前上の名詞だった。
【 きょんぴぃ探偵事務所 葛城 今日子 】
ひょっとこ丸は、名刺を小さな声で読んだ。 「きょんぴぃ探偵事務所・・・」 福之助が、 「探偵家業って、いろいろあってねえ。大変なんだよ。」 「じゃあ、おまえも探偵かあ。」 「まあな。」 「こんなところで、何やってんだ?」 「ちょっとな・・」 姉さんが、口を出した。 「仕事の帰りなの。」 「そうなんですかあ。」 「ついでにここらあたり泊まって、ゆっくり見物して帰ろうと思ってね。」 福之助が、ひょっとこ丸に尋ねた。 「それで、おまえを思い出したんだよ。宿坊やってるんじゃないかと思ってね。」 「やってるよ。」 「じゃあ、一晩頼むよ。」 「ああ、いいよ。でも、宿坊だから、大した料理は出ないよ。栗ご飯とか、鮎の塩焼きくらしか。」 福之助が、きょん姉さんを見た。 「姉さん、どうする?」 「栗ご飯、鮎の塩焼き。いいね、いいねえ!」 「じゃあ、頼む。」 「フランスの高級オイルでも飲んで、昔話でもするか。」 「そうだなあ。」 「CPUのしびれる泣ける歌でも聞いてよ。おまえ、相変わらず、ヘビメタかよ?」 「ああ、アイアンメイデンだよ。」 「そうかあ、若いなあ。と言うか、古いなあ〜。初期メビメタだぞぉ。」 「おまえ、相変わらず、日本ロックのカリスマのショーケン?」 「そうだよ。愚か者〜〜!」 ひょっとこ丸は、胸のスピーカーからカラオケを流しながら、急に踊りだし唄いだした。
愚か者よ〜〜〜 おまえの流した涙を受けよう〜〜〜 ♪ 愚か者よ〜〜〜 わたしの胸に頬をうずめて〜〜 今夜は眠れよ〜〜〜 ♪
「福之助も歌えよ。」 「歌詞が分かんねえよ。」 「今、赤外線信号で送るよ。」 「おっ、入った。」 福之助も、ひょっとこ丸の後から歌いだした。
見果てぬ夢に 男は彷徨い〜 女はこがれる〜〜 ♪ ルージュを引けば〜 偽りだけが いつも真実〜 それが〜 真実〜 ♪ ごらん 金と銀の器をだいて 罪と罰の酒を満たした〜〜 ♪
ひょっとこ丸が、福之助を指差した。
愚か者が街を走るよ〜〜〜 ♪
それを見て、福之助が、ひょっとこ丸を指差した。
愚か者が街を走るよ〜〜〜 ♪
姉さんが、歌を止めた。 「あんたら、何やってんの?」 福之助と、ひょっとこ丸は、歌うのを止めた。ひょっとこ丸は、頭を下げた。 「失礼しました。ついつい嬉しくなって。」 福之助も、頭を下げた。 「きょん姉さん、ごめんなさい!」 「あんたら、めでたいロボットだねえ。はじめて見たよ。」 姉さんは、笑っていた。 カラスが、鳴きながら飛んで行った。
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