「あ〜、痒い!」 きょん姉さんは、左手で右手の甲を掻いた。 「蚊に刺されちゃった!あんたはアルミの肌だから、いいねえ。刺されなくて。」 「お尻から、殺虫剤を噴霧しましょうか?」 「いいよ、おならみたいなのは。」 「あっ、そうですか。」 サイドワインダーに乗り込もうとしたときに、大きな叫び声が聞こえた。 「きょうこ〜〜!」 きょん姉さんと福之助は、立ち止まり振り返った。 小さな女の子が、道路を危なげに走っていた。母親が追いつきつかまえた。 「危ないじゃないの!」 そう言って叱ると、抱きかかえた狭い道のほうに連れて行った。 きょん姉さんも、びっくりしていた。 「あ〜〜、びっくりした。だって私の名を呼ぶんだもん。」 「きょうこって、どこにでもあるような名前ですからね。」 「なんだって!」 「すみません。」 カラスが鳴きながら、二人の上を飛んで行った。 「お寺に、夕焼けに、カラスか…」 「メルヘンチックですねえ。」 「一曲、頼むよ。」 「はい。」 福之助は唄いだした。
夕焼け小焼けで 日が暮れてぇ〜 ♪ 山のお寺の 鐘が鳴る〜 ♪ お〜手々 つないで みな帰ろう〜〜 ♪ からすといっしょに かえりましょ 〜〜ぉぉ ♪
「いいねえ〜〜。あんた上手だねぇ〜!」 「ありがとうございます。」 「あんた、歌手になったほうがいいんじゃない。」 「そうですか?」 「かえりましょ 〜〜ぉぉって言うところを、かえりまひょ 〜〜って、唄ってくんない。」 「はい。」 「そこだけでいいよ。」 「はい。」
かえりまひょ 〜〜 ♪
「いいね、いいねぇ!」 「アンコールに答えて、もう一度。」 「もういいよ。ほんとに日が暮れちゃうよ。」 「なあんだ。」 時折、高野山の方向から、雷鳴が轟いていた。 「上と下とでは、大違いだねえ。」 「カミナリは高いところに落ちますから。ここなら大丈夫です。」 二人は、四輪操舵サイドワインダーに乗り込んだ。 「学文路(カムロ)は、こっちだったね。」 「はい。」 サイドワインダーは、水蒸気を吐きながら、ガラガラと奇妙な音を出して、学文路(カムロ)に向かって走り出した。 「左の大きな川は、何川だい?」 「紀ノ川です。奈良県側では、吉野川と言います。」 「綺麗な橋だねえ。」 「九度山橋です。」 夕陽が、紀ノ川の彼方の山々の稜線と雲を、茜色に染めていた。 「あんたの友ロボットの、お坊さんロボット、何という寺にいるんだい?」 「かむろ大師です。」 道の右側を、ローカルな電車が、のんびりしたスピードで走っていた。 「あの電車、どこまで行くんだい?」 「高野山の下の、極楽橋までです。」 「あそこまで登っていくの?」 「はい。」 「凄いねえ。」 「あっ、あそこです。」 福之助は指をさした。 「次の信号を曲がればいいんだね。」 「はい。」 サイドワインダーは、ガラガラと妙な音を立てながら、蛇のように滑りながら曲がった。 「うひひ〜〜、気持ちわりぃ〜!」 「なかなか慣れませんねえ。」 「急ハンドルだと、こうなっちゃうんだよ、これ。」 駐車場は、意外と広かった。 「なんだ、誰も止めてないじゃん。」 「そうですねえ。」 駐車場を、お坊さんの服を着たロボットが掃除をしていた。サイドワインダーを見て、近づいてきた。 「すみませ〜〜ん、駐車は六時までなんで〜〜す!」 福之助は、ドアを開けた。そして降りた。 「ひょっとこ丸〜〜〜!」 お坊さんロボットは、福之助に駆け寄ってきた。 「福之助〜〜〜!」 ひょっとこ丸と福之助は、両手を軽く上げると、ハイタッチをした。ロボットの挨拶だった。 「ひょっとこ丸、久しぶりだなあ〜!」 「福之助〜〜、なぁにやっとんだ、こんなとこでよ〜!?」 「仕事だよ、仕事。」 「十年ぶりかいの〜!」 「十年と二ヶ月二十二日十五時間五十三分三十一秒ぶりだよ〜!」 「相変わらず、几帳面なやっちゃで〜!」 「曖昧表現回路が、おまえのと違うんだよ。」 「おまえは、理数系だったさかいな〜。」
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