アニーは、門から慈尊院(じそんいん)の中に入って行った。 「中に入って行ったよ。」 「宿坊になってるんですよ。」 慈尊院(じそんいん)の前の道路を、並列二輪の白い電動セグウェイに乗った、レインコートの巡回パトロールの警官が、ゆっくりと走って行った。 それから、青い電動セグウェイに乗ったロボットが、ひたすらに前を見ながら通り過ぎて行った。 「姉さん、今のロボット、紋次郎みたいだったんですけど…」 「まさか、こんなところに来るわけないよ。」 「そうですね。」 「高野山(こうやさん)だよ、ここは。」 「こんなところに、横須賀からロボットが来るわけありませんよね。」 「ロボットは顔が同じだからね。きっとロボット違いだよ。」 「そうですね。」 「ここまで来たんだから、ちょっと慈尊院(じそんいん)を見物して行くか。」 「そうですね。」 きょん姉さんと、福之助は水燃料自動車サイドワインダーから外に出た。姉さんは、傘をさしていた。 「あんたは、アルミボディだから、いいねえ。」 「はい。」 土塀があり、門があった。 「なんだか、クラシカルな塀だねえ。」 「日本で一番古くて、法隆寺の土塀より古いものだそうです。」 「ふ〜〜〜ん、そうなの。」 「慈尊院(じそんいん)も、高野山の世界遺産のなかに入っています。」 「ああ、そうなの。」 門には、高野山真言宗・慈尊院(じそんいん)と書かれてあった。 「こうやさん、しんごんしゅう、…真言密教とは違うの?」 「真言密教を、真言宗と言います。」 「ああ、そうなの。なっんだか、仏教の世界って、ややっこしいねえ。さっぱり分からないよ。」 「そうですね。」 門をくぐると、二重の大きく立派な塔があった。 「これだね、外から見えてたのは。」 「はい。多宝塔と書いてあります。」 「ここに、空海の母親がいたんだ。」 「ここじゃないと思います。」 「あっちにも、大きな建物があるよ。」 「本堂だと思います。おそらく、あそこにいたんじゃないでしょうか。」 「そうだね。本堂の隣の新しそうな建物はなんなんだい?」 「おそらく、宿坊だと思います。」 「アニーさんは、あそこに泊まってるんだあ。」 「おそらく。」 「行ってみますか?」 「今日は、いいよ。もし出遭ったら、想定外になっちゃうから。」 「そうですか。」 「明日の朝十時に会う約束だからね。」 「そうですね。」 「なに、あれ?」 「…屋台ですね。九度山ラーメンって書いてあります。」 「なんで、こんなところに、屋台があんだ?」 「さぁ〜〜あ、なんででしょう?」 屋台には大きな屋根がついていた。そして、小雨のなかに寂しく世捨て人のように佇んでいた。 茶髪の柿色の忍者姿の若者が、空を見上げながら客を待っている様子だった。 「姉さん、忍者ですよ。」 「そうだね…」 忍者が、二人を見た。 「九度山の湧き水で作った、九度山忍者ラーメンは、いかがですか?」 きょん姉さんを見て、微笑んだ。 「忍者ラーメン?」 「はい。山の幸が沢山入っています。」 「あいにく、今日は時間がないので。」 「そうですか。」 「暖かいお茶とか、あります?」 「ありますよ。高野山のミネラル緑茶が。」 「じゃあ、それください。」 「はい。」 姉さんは、台の上に百円玉を置いた。 屋台から少し離れたところに、人と犬の石像があった。 「はい、高野山ミネラル緑茶です。」 カップラーメンのような紙容器に注がれていた。 姉さんは、一口飲んだ。 「おいしいわね。」 「ありがとうございます。」 「あの石像は、誰なんですか?」 「弘法大師です。」 「こうぼうだいし…、となりの犬は?」 「案内犬のゴンです。」 「案内犬のゴン?」 「昭和六十年代に、白い野良犬が、勝手に参詣者を高野山に案内するようになったんです。」 「不思議な犬ですねえ。」 「はい、小説や映画にもなりました。」 「そうなんですか、はじめて知りました。」 「慈尊院から聞こえる鐘の音を好んでいたため、いつしかこの野良犬は、ゴンと呼ばれるようになったんです。」 「案内犬のゴン…、会ってみたかったわ。」 「弘法大師も、犬に丹生明神(にうみょうじん)まで連れて行かれ、高野山を譲り受けたという伝説があるんですよ。」 「それは、偶然とは言え、不思議ですねえ。その本は、どこで売ってるんですか?」 「インターネットのアマゾン書店で売ってます。」 「本のタイトルは?」 「高野山の案内犬ゴン、山道20キロを歩きつづけた伝説のノラ犬、だったかな。」 きょん姉さんは、福之助を見た。 「記録しといて。」 福之助は、「はい。」と答え、復唱した。 「高野山の案内犬ゴン、山道20キロを歩きつづけた伝説のノラ犬、ですね。」 それから、茶髪の忍者を見た。忍者は福之助を見ながら答えた。 「うん、そうだよ。」 モンペをはいた老婆がやってきた。 「宿坊の客に、ラーメンをひとつ、たのむよ。」 「はい。」 「できたら、とどけておくれ。」 「はい。」 忍者の若者は、ラーメンを作りはじめた。 「いろいりと教えてくれて、ありがとう。」 「どういたしまして。」 姉さんと福之助は、石像の前まで行った。 「弘法大師か…」 「空海のことですよ。」 「ああ、そうなの。」 日が暮れかけていた。 「われわれも、宿を急ごう。」 「はい。」 二人は、慈尊院(じそんいん)の門を出た。 茶髪の忍者は、二人を見ていた。携帯電話を取り出した。 「チェックメイトキング・ツー、こちら、卍根来(まんじねごろ)セブン、…」
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