遠くで稲妻が光り、雷鳴が曇り空の上空に轟いていた。 「姉さん、カミナリさまがやって来ましたよ!」 「嵐が来るみたいだね。」 「早く、ここから逃げましょう!」 「どこに逃げんだよ。」 「ここは、高いから危ないです。もっと低い場所に移動しましょう。」 「…そうだね。」 福之助は、やたらと脅(おび)えていた。 またも、稲妻が曇り空に走り雷鳴が轟いた。 「お〜〜、くわばらくわばら・・」 「桑原・・、あんた江戸時代のロボットか?」 「そんなことはどうでもいいです。早く行きましょうよ〜!」 「ロボットは、感電すると、お陀仏だからな。」 「早く行きましょう!」 「分かったよ。」 姉さんは、アクセルを踏み込んだ。サイドワインダーは、まるで蛇のように滑りながら加速した。 「このクルマ、相変わらず気持ち悪いなあ〜。」 雨は、まだ降ってはなかった。姉さんは、安全のためにフォグランプを点灯した。 「姉さん。あそこの変な四輪の自転車に乗ってるの、龍次です。」 「そう?あんた、目いいねえ。」 「視力7.0ですから。」 姉さんは、スピードを落とした。 「このままだと、見つかりますよ。」 「スモークウィンドウにしよう。」 姉さんがダッシュボードの操作ボタンを押すと、透明だったウィンドウは、一瞬にして薄茶色の半透明ウィンドウになった。 「これで、向こうからは見えないよ。」 「凄いですね、これ。」 「色も変えられるんだよ。」 「凄いなあ。」 「やってみようか。」 「今は、そんなことはどうでもいいですよ。かえって、彼らに怪しまれますよ。」 「そうだな。やっぱ、あんた冷静だね。」 「ロボットですから。」 彼らは、四輪自転車を漕ぎながら、サイドワインダーを見ていた。 姉さんは、集音マイクのスイッチを入れた。彼らの声が、ダッシュボードのスピーカーから聞こえていた。 「おお〜、凄いクルマだなあ。」ショーケンの声だった。 「こんなの見たことねえや。」アキラの声だった。 「水燃料自動車だ。」龍次の声だった。 サイドワインダーは、水蒸気を吐き出しながら、ガラガラと妙な音を出して、のろのろと通過して行った。 「この集音機能、いいですねえ。」 「こういうときには、便利だね。逆もできるんだよ。」 「逆?」 「ここから、外に向かって注意したり、会話したりできるんだよ。」 「それはいいや。」 神鳴りの音が近づいていたが、まだ雨は降っていなかった。 「一の橋から右に曲がると、大門に戻ります。そのまま大きな通りを下って行けば大丈夫です。」 「分かった。」 直ぐに大通りに出た。 「ここを右だね。」 「はい。」 大勢の観光客が、時折上空を見上げながら歩いていた。 「夕暮れなのに、人が多いねえ。」 「そうですねえ。」 「外国人が多いねえ。」 「そうですねえ。」 五十人くらいの、お坊さんのらしい人々が静かに行儀よく歩いていた。 「お坊さんだ。」 「そうですねえ。カミナリが近づいてますよ、姉さん!」 「うるさいねえ、カミナリ、カミナリって!」 「早く行きましょうよ!」 「ここの、お坊さんって、歩きながら南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)とか、ちっとも言わないね。」 「真言密教には、念仏とか御題目(おだいもく)とかはないんです。」 「御題目(おだいもく)って、何だい?」 「南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)です。」 「あ〜〜、それかぁ。あんた詳しいねえ。ひょっとして、お坊さんロボット?」 「違いますよ!それより、カミナリが鳴ってますよ。」 「うるさいねえ、分かってるよ。」 「すみません。」 「それにしても、クルマ、多いなあ・・」 「そうですねえ。」 各寺院は、下からのライトで黄金色に輝いていた。 「綺麗だねえ。さすが世界遺産だねえ。」 「早く下りましょうよ。」 「分かってるよ!」 「早く行きましょうよ。」 「左は変わった店が多いねえ。」 「そうですね!」 「あっ、インターネット喫茶もあるよ。」 「そうですね!」 「あっ、ラーメン屋だ。高野山ラーメンだって。…おいしそうだなあ。」 「そうですかあ。」 「ちょっと、食べて行こうかなあ。」 「え〜〜〜!?」 「冗談だよ!」 稲光が発光して、大きな雷鳴が轟いた。福之助は手を合わせていた。震える小さな声で念仏を唱えていた。 空が光り、不気味な雷鳴が高野山に轟いていた。 「早く行きましょう!」 「カミナリなら、大丈夫だよ。」 「どうしてですか?」 「そこらじゅうに、避雷針があるよ。」 「え〜〜!ってことは、カミナリが多いってことだ。」 「まあ、そういうことかな・・」 「早く行きましょう!」 「ああ、分かったよ!」 「くわばら、くわばら…」 「福之助!」 「はい。」 「このままだと、CPUが暴走する。命令だ、感情機能をオフにしろ。」 「はい。感情機能をオフにします。」 「実行!」 「実行シマシタ。」 「五分間、スリープしろ。」 「ハイ。」 福之助は目を閉じると、動かなくなった。
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