甲賀忍は、高野山新聞を読んでいた。怪我をした右足の近くを一匹の蟻が六本足で歩いていた。もし忍の足が動いて、蟻を踏み殺したとしても、その死んだ蟻を探す蟻などはなく、死を悲しむ蟻などもなかった。蟻の世界は生と死だけで、葬式などは無かった。なぜなら、蟻の世界とはそういうものだからさ! 「坂本竜馬、坂本竜馬って、最近流行ってるみたいだけどさあ。」 少し離れたところに、ポンポコリンが座っていた。インターネット回線で中国のテレビを観ていた。 「そうみたいね。」 「なんか違うような気がするんだよな〜。」 「違うって?」 「一人の英雄に頼って生きる、ついていくだけの時代は、二十世紀で終わってるってこと。」 「うん、なるほど。」 新しく来た若い男は、忍とは離れた席に座って、お茶を飲みながら、黙ってテレビを観ていた。 ロボットの紋次郎が集会所に入ってきた。 「ただいま〜〜。」 みんなは、紋次郎を見た。 紋次郎は、コーナーにあるロボットの充電器の前に正座で座り込んだ 「足は直りました。」 忍は驚いた。 「どうしたんだよ、その足は?」 ポンポコリンも驚いた。 「どうしたの?」 「直してもらったんです。ロボットの博士に。」 忍とポンポコリンは、同時に聞き返した。 「ロボットの博士?」 「江来(えらい)博士という人です。」 ポンポコリンが質問した。 「江来(えらい)博士っていうと、あのハンプティ・ダンプティの?」 「はい、そうです。」 忍も質問した。 「その江来(えらい)博士が、どういうわけで?」 「歩いていたら、博士が木の下で座っていたんです。」 「座っていた?」 「めいそうとか言ってました。」 「瞑想ね。それで?」 「黙って行こうとしたら、声を掛けられて、家に連れて行かれて無料で直してもらったんです。」 「無料で?」 「はい。なんでも、博士はわたしの主人と友人だと言っていました。」 「主人って?」 「わたしの主人は、浦賀源内という発明家なんです。」 「え〜〜〜、おまえ、浦賀源内先生のロボットだったのかよ〜〜!?」 「はい。浦賀源内先生って、そんなに有名なんですか?」 「有名も有名だよ〜〜。超有名!」 忍とポンポコリンは驚いた。 「なんでも、わたしは、特殊な頭脳のロボットだと言ってました。」 「特殊な頭脳のロボット…、道ぅ理で、変なことを言うロボットだと思ったよ。」 「わたしは、お腹が空いたので、充電します。」 紋次郎は、胸をパカッと開け、充電の端子を自分の胸の差込みに繋いだ。 「これより省エネモードになります。」 そう言うと、紋次郎は目を閉じ、動かなくなった。 「省エネモードって、何だよ?」 「パソコンのスタンバイモードよ。触ったら反応して動き出す。」 「ってことは、会話もできないってこと?」 「そうじゃないかしら?」 忍は確認した。 「おいおい、紋次郎!」 紋次郎は黙っていた。 「ほんとだ。」 インターネット回線の中国のテレビで、変なものが映っていた。 「何かしら、あれ?」 忍もテレビを見た。 「なんだ、ありゃあ?」 中国語で放送されていたので、何を言ってるのか、二人には分からなかった。 大きな丸いものが、転がったり、方向を変えたり、坂道を登ったり、時々ジャンプしたりしていた。 「なんだいありゃあ?」 「初めて見たわ。」 それは、三メートルくらいの大きさの水色の球体であった。 「UHOだわ!」 「ユー・エッチ・オー?何それ?」 「未確認ハイテク物体。」 「みかくにんはいてくぶったい?」 新しく来た若い未確認の男も、それを驚いた様子で黙って見ていた。 伊賀十兵衛が集会所に入って来た。 「すみません。さっき隼人さんが作業所に来て、発電用のモーターの磁石を持って行かれたと、作業所の人に聞いたんですけど、どこに行かれたか御存知ですか?」 忍は、伊賀十兵衛に顔を向けた。 「発電用のモーターの磁石?」 「はい。」
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