アキラとヨコタンが、食堂に辿り着いたとき、五十席ある食堂は満席だった。 「満席だわ。」 「どうしよう。」 「外のテーブルで食べましょう。」 「そうだね。」 アキラは、賄(まかな)いの男に尋ねた。 「今日の定食は、何?」 「猪(いのしし)の焼肉定食です。」 「いのしし!?」 二人は、定食を注文して待った。すぐに出てきたので、それを持って外に出た。 色々な木の香りの風が、そよそよと木のテーブルの上を撫でていた、まるで死んでしまった木に挨拶するように。それはそれは、蟻ん子が吹き飛ばされるような風ではなかった。たとえ、蟻夫が風で飛ばされ川に流されたとしても、蟻子は涙を流しはしないだろ。なぜなら、蟻とはそういうものだから。 そのジェントルな風に葉を揺らしているイチョウの木の下に、待ちぼうけのテーブルはあった。 「ここでいいよ。」 「ここにしましょう。」 テーブルの両サイドには、スチールと木材のありふれたガーデンベンチが置いてあった。 食堂脇の川は、いつものように、いつもの音を奏でながら流れていた。 「ここの川は、いつもショパンを演奏してるわ。」 「ショッパン?あ〜〜、知ってる、学校の音楽の時間に習った!」 「ショッパンじゃないわ、ショパン。」 「あ〜〜〜、そうだそうだ。ショッパンは食べ物だった!」 「面白いわ〜、アキラさんって。」 ヨコタンは、なぜか川の流れを見ていた。 「何をくよくよ川端柳、水の流れを見て暮らす…」 「何、それ?」 「坂本竜馬が即興で作った歌の一節。」 「さかもとりょうま…、それテレビで見たことあるよ。むか〜〜〜し。」 「アキラさんは、あまり歴史とかには興味ないのね。」 「まあね。昔話しには、興味ないね。」 「あっ、そうだ!」 「どうしたの?」 「お茶、もらってきて。」 「あ〜、そうだね!すぐに持ってくるよ。」 アキラは、アルミのお盆にのせて、すぐに持ってきた。 「はい!」 「ありがとう!」 お盆には、無花果(いちじく)ものっていた。 「何、これ?」 「オマケのデザートだって。」 「ああ、そうなの。」 「無花果(いちじく)なんて、久しぶりだなあ〜。」 ヨコタンは、箸を持った。 「じゃあ、食べましょう!」 アキラも箸を握った。なぜか同時に「いただきま〜〜〜す!」と言った。 アキラは、いつものクセで、オカズから食べ始めた。 「猪(いのしし)なんて、食べたことないな〜。」 「そうなの?」 「これが猪(いのしし)の肉かあ〜〜。」 アキラは、ゆっくりと噛んだ。 「うん、いい味してる!ここの料理、センスいいなあ〜。」 「アキラさんは、料理するの?」 「得意ってほどじゃないけど、得意だよ。」 「変な答え。」 「へへ〜〜、そう?」 「どういうのが得意なの?」 「何でも作るよ。材料さえあれば、適当に。」 「適当に?じゃあ、頭がいいんだ。」 「えっ、そうなの?」 「適当に作るなんて、凄いわ。」 「そうかなあ〜?」 「料理は頭を使うわ。とってもインテリジェンスな仕事よ。一番得意なのは、何?」 「五目チャーハンかな?」 上空からプロペラ音が聞こえた。二人は、上空を見た。 「おっ、頭脳警察の無人偵察機だ!」 「不愉快な飛行機だわ。」 「そうだねえ。」 「何を偵察してるのかしら?」 「何だろうね?」 紋次郎が、「こんにちわ〜!」と言って、通り過ぎて行った。集会所の方に向かっていた。 「あれっ、あいつ、脚直ってる?」 「ほんとだわ〜?」 もうじき秋の少し乾いたメランコリックな風が、光り輝きながら吹いていた。
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