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作品名:ニート革命軍 作者:毬藻

第188回   アザミの花が揺れていた
「猿人間キーキーにでも噛みつかれたのかなあ?」
龍次は龍神号を止めた。
ショーケンが「俺、見てくるよ!」と言って、自転車を降りた。
「穴熊だ。」
歩(あゆみ)が聞いてきた。
「死んでるんですか?」
「死んじゃいないよ。寝てるだけだよ。子供も一緒に寝てるよ。」
歩(あゆみ)も降りてきた。
「ほんとだ、いびきかいて寝てる。可愛いなあ。」
「大菩薩でも、よくこういうところで寝てたよ。人間をちっとも怖がらないんだよ。」
ショーケンと歩(あゆみ)は戻ってきた。電動四輪自転車・龍神号に乗った。
龍神スカイラインには、とっても心地よいとんとん拍子の風が容赦なく吹いていた。
龍次は再び発進した。
「次の標識を左に曲がると野迫川村(のせがわむら)に入ります。」
標識が見えてきた。
「ここです。」
標識のそばには看板があり、野迫川村・猪(いのしし)レース開催中!と書かれてあった。
歩(あゆみ)が母親に言った。
「お母さん、猪(いのしし)レースやってるわ、面白そう!」
母親は、わが子の元気な横顔を見て、嬉しそうに答えた。
「そうねっ!」
看板には絵も描いてあった。ショーケンが呟(つぶや)いた。
「それにしても、下手な絵だなあ。猪に見えないよ。これじゃあ豚だよ。」
龍次はハンドルを切った。
「猪レース、行きますか!」
よく整備された林道が野迫川村(のせがわむら)に向かって走っていた。
「いい道だなあ〜。」
龍次は楽しそうに、龍神号のペダルを漕いでいた。みんなも楽しそうに、漕いでいた。
「みなさん、人間にとって衣食住よりも大切なものって何だと思いますか?」
隣のショーケンが答えた。
「空気とか水とか?」
「そういう自然の当たり前のものじゃなくって、人為的なものです。精神的なものでもありませんよ。」
みんなは考え出した。
みんなから、なかなか答えが返ってこなかったので、龍次が語りだした。
「それは、道です!」
歩(あゆみ)は、龍次の背中を見ていた。
「道?」
「道がないと、衣食住は運べません。だから、最も大切なのです。」
歩(あゆみ)は納得した。
「あっ、そうかあ。気が付かなかった。」
「きっと、身近すぎて気が付かないんですよ。」
龍次は最後に、『両親の愛情みたいにね』と言いたかったが、風が爽やかだったので口には出さなかった。近くで、紫色のアザミの花が、花言葉の『触らないで!』とばかりに、風に揺れていた。
歩みが叫んだ。
「あっ、蝶々だ!」
龍次も、その蝶を見ていた。
「あれは、キアゲハですね。晩夏から初秋にかけて標高の高いところにいるんですよ。みんな、それぞれに一生懸命に生きているんですねえ〜。」
歩(あゆみ)の母親が感心したように尋ねた。
「保土ヶ谷さんって、いろんなことを知っているんですねえ。」
「昆虫とかが、子供の頃から好きだったんですよ。」
一台のワゴン車が、彼らの乗っている四輪電動自転車を避けながら追い越していった。
ショーケンは、走り去るワゴン車を見ていた。
「自転車に乗ってると、ああいう自動車って、おっかないなあ〜〜。」
龍次は後方を、ちらりと見た。
「何トンもある鉄の塊が、あのスピードで走っているんですから、あれは凶器ですよ。」
「そうだねえ。」
「凶器が走っているようなもんですよ。まさしく走る凶器ですよ。」
「フランスじゃあ、走る棺桶(かんおけ)とか言うんじゃないの?」
「そうです。」
歩(あゆみ)も後ろを見ていた。
「フランスでは走る棺桶って言うの?知らなかったわぁ。」
「まあ、仕方ありませんけどね。世の中の仕組みが、そういうふうにできてるわけですから。」
「つまり、社会に問題があるわけね。」
「そういうことです。自動車を運転する者は、殺人者になること、火葬場に行くことを、強く自覚しないといけませんよ。」
「いくら自覚しても、事故は起きるんじゃない?」
「そうですねえ。」
「やっぱり、社会の仕組みを変えないといけないってことだ。」
「そういうことになりますねえ。日本では、一年間に一万人近くの人が死んでいます。これは戦争と同じですよ。交通戦争と言っていますねえ。」
「事故を起こして、人は命の尊さを知る。情けないなあ〜。」
「今の社会は、人命よりも社会の効率や会社の利益のほうが優先されているんですよ。」
「つまり、人の命などは二の次ってことね。」
「そういうことですね。」
「いやな社会だねえ。」
「何でもそうですよ。事故が起きてから新しい制度や法律が作られる。それが人間の社会です。」
歩(あゆみ)も意見を述べた。
「自動車を作ってる会社が悪いんじゃないの?」
龍次は、少し笑った。
「でも、会社も自動車を求めてる人間がたくさんいるから作っているんですよ。身体に悪いと分かっていても、煙草は売ってるでしょう。」
「自動車には乗るなって、法律で禁止すればいいんじゃない?」
龍次は、少し笑っていた。
「それは、先ず、それに代わる何かを作らないとね。」
「自動車に代わる何かですか?」
「そう、何か。」
「排気ガスを出さない安全なものがいいわ。」
「そうですね。」
「早く、みんなが幸せに暮らせる明るい社会が来るといいですねえ。」
ショーケンが冷たく言った。
「そりゃあ無理だよ。走り回るのが大好きな猿がいる限りは。猿は、自分のことしか考えないから。」


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