その頃、アキラとクリスタル・ヨコタンは、大門からの国道四八〇を高野山(こうやさん)スライダー・カートの試験走行のために、それに試乗して下っていた。アキラがハンドルを握っていた。 「これしかスピード出ないの、これ?」 「そうよ。これで十分じゃない。景色をのんびり眺められるし。」 「まあね。つまり、そういう意味の乗り物ってわけね。」 「そういうこと。」 「ピンポ〜〜ン♪」 「アキラさんって、いつも明るいわねえ。」 「そおうかなあ?」 「いいことだわ。」 「俺、根がバカだから、あまり深く考えないんだよ。つまらないことは、なんでも明るく考えるの。」 「いいことだわ〜!」 「だって、仕方ないことを、いくら考えても同じじゃん!」 「そういうことですね。どんなにもがいても、時間からは逃げられませんからね。」 「えっ?」 アキラさんは、人を恨んだりすることはないの?」 「婆ちゃんが言ってたよ、人を恨んだら自分はその二倍苦しくなるって。だから恨まないの。」 「偉いわ〜〜。」 アキラは空を見上げた。 「いい天気だなあ〜〜!空気も澄んでるし。」 「日頃の行いがいいのかな?」 「ピンポ〜〜ン♪」 「なんでも、そういうときには、ピンポンなのね。」 「ピンポ〜〜ン♪」 「おっかしなアキラさん!」 二人は笑った。アキラは前方彼方の瀬戸内海を見ていた。 「ここからの、眺めは最高だなあ〜〜!」 「なんか、生きてて良かったぁ〜〜って、感じだわ!」 「それは、ちょっとオーバーじゃないの?」 「ちっともオーバーなんかじゃないわ。生きるって、こういうことじゃないの?」 「えっ?」 前方を高野山テクノロジー研究所の連中の乗ったスライダー・カートが走っていた。かなり後方を、高野山警察のスライダー・カートが走っていた。 「どこでユーターンするの?」 「花坂交差点手前までです。」 「そこで運転交代ってわけね。」 「はい。」 前方から、リュックを背負って歩いてくる若者がいた。 「あの人、何かしら?」 「ハイカーとかじゃないの?」 「そういう雰囲気じゃないわ。」 「そうかなあ?」 「アキラさん、あの人の前で止めて。」 「あいよ!」 アキラは若者の手前で止めた。 ヨコタンが、若者に声をかけた。 「どこに行くんですか?」 「高野山の人間村です。」 「人間村?」 「保土ヶ谷先生のいるところです。」 「どこから歩いて来たんですか?」 「九度山から来ました。」 「九度山から歩いて!」 「人間村、知っていますか?」 「知ってますよ。」 アキラが答えた。 「知ってますって、そこの人なの僕たち。」 「ああ、そうなんですか!」 ヨコタンが優しく尋ねた。 「何か保土ヶ谷さんに用かしら?」 「用じゃなくって、僕、人間村に入りたいんです。」 「あ〜、そいうことですかあ…」 若者は、何かに追い詰められたように悲しい目をしていた。 「ひょっとして、派遣切りの人?」 「…はい、そうです。」 後方から警察のスライダー・カートが迫り、クラクションが鳴っていた。 ヨコタンは慌てて名刺を出して、若者に渡した。 「だったら、これ持って行きなさい。きっと会ってくれるわ!」 「はい!」 後方で、警察のスライダー・カートが止まった。 「どうかしたんですか〜〜?」 ヨコタンは即座に答えた。 「いいえ、何でもありません!」 「ああ、そう。」 「アキラさん、出発して!」 アキラは若者に、自分の缶コーラを手渡した。 「これ持ってけよ。喉渇いてんだろう。」 「どうもありがとうございます!」 若者は、深く頭を下げた。 アキラとヨコタンのスライダー・カートは走り出した。 「アキラさんて、優しいのね。」 「コーラのこと?」 「うん、そう。」 「昔の俺、思い出しちゃってさ。」 「そうだったの。」 「一人ぼっちで歩くと、なんだか喉が渇くんだよね〜。寂しいからかなあ?」 「そうなの?」 「コーラはいいよ。身体も気分もすかっとするから。」 「そういうことで飲んでいるんだ。」 「ピンポ〜〜ン♪」 ヨコタンは振り返った。若者は、一歩一歩を確かめるように懸命に歩いていた。 アキラが尋ねた。 「どうして、派遣切りって分かったの?」 「ときどき来るのよ。ああいう目をした、ああいう人が。」 「人間村に?」 「そう、人間村にね。ああいう感じで。」 封鎖された道路には、自動車(クルマ)は一台も走っていなかった。
|
|