20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ニート革命軍 作者:毬藻

第186回   派遣切りの若者
その頃、アキラとクリスタル・ヨコタンは、大門からの国道四八〇を高野山(こうやさん)スライダー・カートの試験走行のために、それに試乗して下っていた。アキラがハンドルを握っていた。
「これしかスピード出ないの、これ?」
「そうよ。これで十分じゃない。景色をのんびり眺められるし。」
「まあね。つまり、そういう意味の乗り物ってわけね。」
「そういうこと。」
「ピンポ〜〜ン♪」
「アキラさんって、いつも明るいわねえ。」
「そおうかなあ?」
「いいことだわ。」
「俺、根がバカだから、あまり深く考えないんだよ。つまらないことは、なんでも明るく考えるの。」
「いいことだわ〜!」
「だって、仕方ないことを、いくら考えても同じじゃん!」
「そういうことですね。どんなにもがいても、時間からは逃げられませんからね。」
「えっ?」
アキラさんは、人を恨んだりすることはないの?」
「婆ちゃんが言ってたよ、人を恨んだら自分はその二倍苦しくなるって。だから恨まないの。」
「偉いわ〜〜。」
アキラは空を見上げた。
「いい天気だなあ〜〜!空気も澄んでるし。」
「日頃の行いがいいのかな?」
「ピンポ〜〜ン♪」
「なんでも、そういうときには、ピンポンなのね。」
「ピンポ〜〜ン♪」
「おっかしなアキラさん!」
二人は笑った。アキラは前方彼方の瀬戸内海を見ていた。
「ここからの、眺めは最高だなあ〜〜!」
「なんか、生きてて良かったぁ〜〜って、感じだわ!」
「それは、ちょっとオーバーじゃないの?」
「ちっともオーバーなんかじゃないわ。生きるって、こういうことじゃないの?」
「えっ?」
前方を高野山テクノロジー研究所の連中の乗ったスライダー・カートが走っていた。かなり後方を、高野山警察のスライダー・カートが走っていた。
「どこでユーターンするの?」
「花坂交差点手前までです。」
「そこで運転交代ってわけね。」
「はい。」
前方から、リュックを背負って歩いてくる若者がいた。
「あの人、何かしら?」
「ハイカーとかじゃないの?」
「そういう雰囲気じゃないわ。」
「そうかなあ?」
「アキラさん、あの人の前で止めて。」
「あいよ!」
アキラは若者の手前で止めた。
ヨコタンが、若者に声をかけた。
「どこに行くんですか?」
「高野山の人間村です。」
「人間村?」
「保土ヶ谷先生のいるところです。」
「どこから歩いて来たんですか?」
「九度山から来ました。」
「九度山から歩いて!」
「人間村、知っていますか?」
「知ってますよ。」
アキラが答えた。
「知ってますって、そこの人なの僕たち。」
「ああ、そうなんですか!」
ヨコタンが優しく尋ねた。
「何か保土ヶ谷さんに用かしら?」
「用じゃなくって、僕、人間村に入りたいんです。」
「あ〜、そいうことですかあ…」
若者は、何かに追い詰められたように悲しい目をしていた。
「ひょっとして、派遣切りの人?」
「…はい、そうです。」
後方から警察のスライダー・カートが迫り、クラクションが鳴っていた。
ヨコタンは慌てて名刺を出して、若者に渡した。
「だったら、これ持って行きなさい。きっと会ってくれるわ!」
「はい!」
後方で、警察のスライダー・カートが止まった。
「どうかしたんですか〜〜?」
ヨコタンは即座に答えた。
「いいえ、何でもありません!」
「ああ、そう。」
「アキラさん、出発して!」
アキラは若者に、自分の缶コーラを手渡した。
「これ持ってけよ。喉渇いてんだろう。」
「どうもありがとうございます!」
若者は、深く頭を下げた。
アキラとヨコタンのスライダー・カートは走り出した。
「アキラさんて、優しいのね。」
「コーラのこと?」
「うん、そう。」
「昔の俺、思い出しちゃってさ。」
「そうだったの。」
「一人ぼっちで歩くと、なんだか喉が渇くんだよね〜。寂しいからかなあ?」
「そうなの?」
「コーラはいいよ。身体も気分もすかっとするから。」
「そういうことで飲んでいるんだ。」
「ピンポ〜〜ン♪」
ヨコタンは振り返った。若者は、一歩一歩を確かめるように懸命に歩いていた。
アキラが尋ねた。
「どうして、派遣切りって分かったの?」
「ときどき来るのよ。ああいう目をした、ああいう人が。」
「人間村に?」
「そう、人間村にね。ああいう感じで。」
封鎖された道路には、自動車(クルマ)は一台も走っていなかった。




← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 32722