ハンプティ・ダンプティの家の中は意外と広かった。卵型の建物の後ろには普通の平屋建ての建物が、前方後円墳のようにくっついていた。 ハンプティ・ダンプティの卵型の一階の部分はゲストルームになっていた、その奥がダイニングルーム、その奥がリビングルームになっていた。 みんなはリビングルームにいた。テレビが良く見える、いつものソファーに博士は座っていた。 「ところで紋次郎くん、君はどこから来たんだね?」 紋次郎は対面側のソファーに座っていた。 「人間村から来ました。」 「人間村というと、あの保土ヶ谷龍次くんのニート革命軍の村かい?」 「はい。」 「そうだったのか。いつからいるんだい?」 「三日前の午後九時二十八分十五秒からいます。」 「なんだ、まだ三日か。その前はどこにいたんだね?」 「横須賀にいました。」 「横須賀というと、浦賀源内先生の浦賀の近くだね。」 「はい。」 「どういうわけで来たんだね?」 「人間を知りたくて来ました。」 「自分の判断でかね?」 「はい。」 「それは面白いなあ〜。ということは、黙って来たんだね?」 「はい。」 「ああ、そういうことだったのかあ…」 紋次郎は黙っていた。 「ロボットメンテナンスのあけみさんのところから来たんだね。黙って。」 「えっ!?…はい、そうです。」 「聞いたよ、所長から。彼女から連絡があって、紋次郎というロボットが黙っていなくなったって。」 紋次郎は黙っていた。 「まさかこんなところまでは来るとは思っていなかったんだろうなあ、源内さんも。とっても驚いてたよ。でもねえ、とっても喜んでたよ。」 「えっ、喜んでいた!?」 「ロボットの進化だって、喜んでいたよ。」 「ほんとうですか?」 「ああ、ほんとうに喜んでいたよ。君の頭脳は特別らしいよ。」 「特別?」 「特別なアルゴリズムのプログラムが組み込まれてるらしいよ。」 「特別なアルゴリズムのプログラム?」 「擬似的な人間の心が。」 「そうだったんですか。」 「これで、なんとなく君の言動が納得できたよ。さすが、源内先生のロボットだよ。僕は、これでもロボット工学の専門家でねえ。君のようなロボットは初めてだよ。大いに興味があるよ。」 「ロボット工学の博士だったんですか。」 「来てくれて、どうもありがとう。」 江来(えらい)博士の目は好奇心で輝いていた。 「これからどこに行くんだね。」 「お礼に、何かをします。」 「これからの用はないのかな?」 「今日は何もありません。」 「そうだなあ…、じゃあ、慈悲丸と一緒に、蜂退治に行ってもらおうかな。」 「蜂退治ですか?」 「オオスズメバチだよ。知ってるだろう?」 「はい。強烈な毒を持つている日本で最も危険な野生動物です。」 「そう、それを退治に行くんだよ。」 「どこに行くんですか?」 「人間村の近くの転軸山(てんじくさん)だよ。どうだい行くかい?」 「行きます!わたしは刺されないので大丈夫です!」 「そうなんだよ。だから、君たちロボットに頼むんだよ。」 「なるほど、そうだったんですか。お安い御用です。任せてください!」 紋次郎は、右腕でドンと胸を叩いた。 「おお、頼もしいなあ!」 「手で巣をもぎとればいいんですね?」 「はっはっは、熊じゃないんだから、そんなんじゃあ駄目だよ。」 「じゃあ、どうやって。」 「特殊な吸引機で吸い取るんだよ。」 「特殊な吸引機?」 「大型の掃除機みたいなものだよ。それで一気に吸い取るんだよ。」 「それは、面白いなあ〜。」 「慈悲丸が手本を見せるから、その通りに真似をすればいいよ。」 「はい、分かりました!」 「なっ、慈悲丸。頼むよ!」 博士は、近くの床に正座している慈悲丸の肩をポンと叩いた。 「はい、分かりました!」 「ちゃんと、指導しろよ。」 「はい、ちゃんと指導します!」 博士は壁時計を見た。そして立ち上がった。 「予定では、午後からだったんだが、今から出掛けるか。」 紋次郎の横に座っていた技術者の心根が尋ねた。 「先生も行くんですか?」 「ああ、たまにはね。今日は、転軸山(てんじくさん)では模型ボブスレーもやってるよね?」 「はい。」 「じゃあ、出掛けるか。」 妻の優子が不満そうに夫を見た。 「なあんだ、わたしだけが、お留守番?」 「悪い!帰りに、いいもの買ってきてあげるよ。」 「あ〜〜〜あ、またハンプティ・ダンプティが塀から落っこちたわ!」 妻は歌いだした。
ハンプティ・ダンプティが 塀の上ハンプティ・ダンプティが おっこちた〜♪ 王様の馬みんなと 王様の家来みんなでもハンプティを元に 戻せなかった〜♪
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