「女にもてようとすると、女は逃げていくだろう。それと同じだよ。」 「そうなんですか。」 「女なんて眼中にないという奴には、不思議と女が寄ってくる。」 「そうなんですか。」 「幸せも、それと同じだよ。欲しれば欲するほど遠くに逃げていく。」 「つまりね、浅(あさ)ましいのは駄目なんだよ。そういうのは嫌われる。たとえ、お金があっても嫌われる。」 「そうなんですか?」 「だから、利口な人間は、芝居をするんだよ。」 「芝居ですか?」 「ああ、芝居が上手いんだよ。不幸なふりをしたり、悪ぶったりするんだよ。」 「なるほど。」 「鳥が必死でさえずるように、フラミンゴが必死で踊るようにね。」 「なるほど。」 「芝居も、必死だと芝居ではなくなる。だから相手に通じるんだよ。」 「芝居をするんですか。」 「その芝居ってのは心でするんだよ。心が大切なんだよ。」 「じゃあ、芝居ができないと幸せにはなれないんですね?」 「そういうことだな。だが、まるっきし、芝居と嘘とは違うからな。」 「そうなんですか?」 「人間の心は、真実なんてものはなくって、全てが芝居なんだよ。」 「全てが芝居?」 「ああ、全てが芝居。」 「全てが芝居…」 「人間は社会的動物である。」 「はい。」 「よって、心も、その時代その社会に合わせて芝居をしているだけなんだよ。」 「そうなんですか?」 「日本の常識は、世界の不常識って言うだろう。」 「はい。」 「日本に住んでる者は、日本の生活に合わせて芝居をしている。アメリカに住んでいる者は、アメリカに合わせて芝居をしている。江戸時代の人間は、江戸時代の生活に合わせて芝居をしている。」 「そうなんですか。」 「ただ、自分の芝居に誰も気がつかない。」 「なるほど。だったら、心には真実はないんですね」 「そういうことだな。」 「心には真実はない…」 「環境が作り出した副産物だよ。」 「そうなんですか。」 「真実は、物理現象だけ。物理法則だけ。」 「う〜〜ん、分からないなあ…」 「おまえさんも、その物理法則で動いているだけだからな。だから分からないんだよ。」 「つまり、心がないから分からない?」 「そういうことだ。」 「心は芝居ってことですか?」 「そういうことだ。」 「芝居から生まれたものってことですか?」 「そういうことだ。社会が芝居を強要し、芝居が心を作る。つまり、生まれながらの真実の心なんてものはないんだよ。」 「生まれながらの真実の心はない…」 「あるのは、生まれながらの生きる本能のみ。」 「生きる本能のみ…」 駐車場の大通りの方から、二人の警官がどたどたと小走りでやってきた。 「情緒のないこせこせした猿が来ませんでしたか?」 仙人が答えた。 「情緒のないこせこせした猿?本物の猿かね?」 「姿は人間、心は猿の猿人間です。」 「猿人間キーキーのことかね?」 「そうです。」 「誰も通らなかったよ。」 「ありがとうございます!」 警官たちは、もと来た道に帰っていった。仙人は残念そうに空を見上げた。 「今日は止めだ。」 紋次郎は質問しした。 「どうしたんですか?」 「気分が乗らなくなった。」 仙人は、背伸びをするようにして言った。 「あ〜〜〜ああ。猿人間キーキーは大の嫌いなんだよ。今日は不吉だ、止め止め!」 紋次郎は黙っていた。 「しょうがない、帰るか。」 仙人は指差した。 「あそこに見えるだろう。あの卵みたいな家、ハンプティ・ダンプティみたいな。」 「ハンプティ・ダンプティ…、ああ、鏡の国のアリスのハンプティ・ダンプティですね?」 「そうそう、おまえさん教養があるんだねえ。」 「そのくらいは知ってます。常識ですよ。」 「最近は情緒のない常識のないやつが多いんだよ。おまえさんも来るかい、面白いよ。」 「行ってもいいんですか、ロボットの私でも?」 「いいよ、いいよ。おまえさん、人間らしくて気に入ったよ。」 「心を映す鏡を見せてやるよ。」 「心を映す鏡?」 「面白いよ〜。」
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