ロボットの紋次郎は、川に沿って歩いていた。そして、木の上のカラスを見ていた。 「カラスになって、空を飛んでみたいなあ…、どんなふうに見えるんだろうなあ…」 脇の草むらから大きな黒い猫が出てきた。猫は紋次郎の姿を見ると、慌てて、おっとととととと草むらに引っ込んだ。 道端で中年風の男が、うずくまっていた。お腹を押さえていた。 「どうしたんですか?」 男は紋次郎を見ると、言葉を返した。 「ちょっと、腹が痛いんだよ。ここいらに便所はありませんか?」 「便所だったら、すぐそこの駐車場にあります。」 「ああ、そう。」 男は立ち上がった。よろけた。紋次郎が慌てて、男の肩を松葉杖で押さえた。 「大丈夫ですか?」 「ああ、大丈夫だよ。」 「衛生面をしっかりしないと、お腹を壊しますよ。」 「ああ、そうだな…」 「歯が悪いと、お腹も悪くなります。」 「ああ、そう?」 「健全なる自己管理に、健全なる身体です。」 「お〜〜、いいこと言うじゃない!やっぱり違うなあ〜、高野山のロボットは。」 「お気をつけて。」 「心がしっかりしてるわ!さすが、お坊さんロボット!」 「わたしは、お坊さんロボットではありません。」 「ああ、そうなの〜。じゃあ、変なロボット!」 男は、そそくさと去って行った。駐車場に向かって。 紋次郎はぼやいた。 「ありがとう、とも言わないで。変なロボットだなんて、失礼な人だなあ〜。」 大きな椎(しい)の木の下で、お坊さんみたいな人が座布団を敷いて、あぐらをかいて座っていた。後方に携帯のポットが置いてあった。ひまわりの絵がプリントしてあった。 「お主、どこに行く?その足で?」 「お寺を探しているんです。」 「探して、どうする?」 「教えてもらいたいことがあるんです。」 「ほ〜〜〜?何を教えてもらいたい?」 「人の心を…」 「人の心…」 「人の心が知りたいのです。人間を知りたいのです。」」 「人間を知りたい?」 「人間にはロボットにはない心があります。その心を知りたいのです。」 「知りたい?」 「はい。」 「人間の心を知りたい…」 「はい。」 「知ってどうする?」 「人間を理解できます。」 「理解してどうする?」 「人間を助けたいのです。」 「人間を助けたい?人間の心を助けたいのか?」 「はい。心で苦しんでる人を救ってあげたいのです。」 「ロボットが人間の心を救う…、面白い。」 「面白いって、どういうことですか?」 「うん。おまえみたいなロボットは初めてだよ。それが面白い。」 「そうですか。」 「苦しんでる人間を知ってるのか?」 「はい。人々が毎日、心に苦しんで死んでいます。」 「自殺のことか?」 「はい。」 「ロボットは、自殺なんかしないからなあ。」 「はい。」 「じゃあ、どうしてロボットは自殺しないんだ?」 「心がないからです。」 「なるほど。」 「じゃあ、心があると、自殺するってことか?」 「はい、そうだと思います。自殺は、非論理的です。理解できません。」 「自殺は、非論理的か、なるほどな。」 「違いますか?」 「おもしろい!気に入った!」 「えっ?」 男は紋次郎の脚を見た。 「その脚でどこに行く?」 「お寺です。」 「お寺は、この先にはないよ。」 「おじさんは、ここで何をしてるんですか?」 「瞑想(めいそう)をしている。」 「めいそう?」 「大いなる宇宙と交信している。と言えば理解できるかな?」 「UFOですか?」 「そういう具体的なものじゃないよ。目には見えないものだよ。」 「それは、何か役に立つのですか?」 「そうだなあ、日常の些細なことに動じなくなるな。そして大きな幸せな気分になれる。」 「心に苦しまなくなるんですか!?」 「なるだろうな。」 「それは素晴らしい!是非教えてください!」 「ま、座れ。」 紋次郎は、男の右側に正座して座ろうとした。 「おお、そっちは弁慶の座るとこじゃあ。」 「べんけい?」 「猫だよ。」 「ああ、さっきの大きな黒い猫ですね?」 「そう、その猫だよ。いつも右側のここに座るんだよ。」 紋次郎は、男の左側に座った。 「その猫も瞑想するんですか?」 「猫は瞑想なんかしないよ。ごろんと寝るだけだよ。」 「お友達なんですか?」 「うちの猫みたいなもんだな。」 「いいですねえ、平和で。」 「お主、名前は何と言う?」 「紋次郎です。」 「ほ〜〜、木枯し紋次郎の、紋次郎か?」 「そうです。」 「木枯し紋次郎のファンなのか?」 「はい。」 「どうりで、変なことを聞くんだな。木枯し紋次郎か…、なるどお。」 「おじさんも、木枯し紋次郎のファンですか?」 「昔はな、よく見たよ。あれは傑作だよ。みんな楊枝(ようじ)を咥(くわ)えて真似してたな〜。」 「そうなんですか〜!」 「若い頃は、ああいう非日常的な生き方に憧れるんだよな〜。」 「おじさんもですか?」 「ああ、真似はしなかったけど、よく観てたよ。」 「そんなに有名だったんですか〜?」 「みんな見てたよ。西部劇みたいだったから、外国人も見てたよ。」 「わたしも、その時代にいたかったなあ〜。おじさんの名前は?」 「風来坊仙人。」 「ふうらいぼうせんいん。」 風来坊仙人は、目を閉じると、静かに話し出した。 「人間が、そんなに知りたいのか?」 「はい。」 「人間の幸せというものは、不思議なことに、幸せを望むと、幸せは逃げていく。幸せを望めば望むほど逃げていく。幸せなんか望まないと、幸せが寄ってくる。磁石みたいなものだ。」 「磁石ですか?」 「そう。」 「だったら、逆を考えればいいんですね。つまり、幸せを望むんだったら、その逆を。」 「それがな、凡人にはできないんだよ。」 「どうしてですか?」 「口先だけではできるよ。だが、心の底では幸せを願ってる。」 「そうなんですか?」 「ああ、凡人とはそいうもんだよ。」 「口先だけでは駄目なんですね?」 「そういうことだな。」 「人間の心って、複雑なんですねえ。」 初秋の空は、悲しいくらいに澄んでいた。
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