「つまり、歩(あゆみ)ちゃんは、頭が良すぎるんだよ。」 歩(あゆみ)の返事はなかった。 「誰も教えないことを、得にならない大きなことを、自分ひとりで勝手に考える。」 「つまり、先回りして考えちゃうんだね。」 「先回り…」 「先回りして、理屈だけで考えてしまう。」 「……」 「人生はね、人の心でしょう。理屈では答えは出ないんですよ。若いときは、とかく理屈だけで考える傾向があるんですよ。」 「理屈だけで、考える?」 「そう、理屈だけでね。人間は、理屈で生きているわけじゃあないでしょう。心で生きている。」 「心で…」 「そう、心でね。心は、理屈じゃないんですよ。これはね、簡単すぎて見えないんですよ。」 「……」 「灯台元暗しって言うでしょう。近かったり簡単すぎたりするものは見えなくなるんですよ。」 「……」 「それにねえ、大きく考えると小さなものが見えなくなってくるんですよ。小さな幸せとかね。」 「小さな幸せ…」 「そういうのを、大海の鯨、井の中を知らずって言うんですよ。」 歩(あゆみ)の母親が、その言葉を復唱した。 「大海の鯨、井の中を知らず…?」 ショーケンも思わず呟いた。 「大海の鯨、井の中を知らず…、なんだいそりゃあ?」 「わたしが作った格言なんですけどね。大きく考え過ぎると、小さなものが見えなくなるという意味です。」 「なんだ、そのままじゃん。それにしても面白いなあ〜、さすが、ニート革命軍最高幹部!」 「ありがとうございます。」 歩(あゆみ)は黙っていた。雲を見ながら自転車を漕いでいた。 「心はお天気みたいなもので、そして人生もお天気みたいなもので、晴れてる日もあれば、曇ってる日も雨の日もある。」 「……」 「天気の悪い日は、じっとして我慢をしていれば必ず晴れる、」 龍次が歌い出した。
The sun'll come out Tomorrow 日が差すわ明日こそ〜♪
Bet your bottom dollar That tomorrow There'll be sun! なけなしの1ドル それを賭けても大丈夫〜♪ 間違いっこない 明日は晴れる〜♪
Just thinkin' about Tomorrow Clears away the cobwebs, And the sorrow 'Til there's none!
明日のことを考えるだけで〜♪ 蜘蛛の巣や悲しみは消えるわ〜♪
When I'm stuck a day That's gray, And lonely,
灰色で悲しい日に捕まってしまったとき〜♪
I just stick out my chin And Grin, And Say, Oh!
わたしは顎を突き出して にやっとしてこう言う oh! 〜♪
The sun'll come out Tomorrow 日が差すわ明日こそ〜♪
So ya gotta hang on 'Til tomorrow Come what may
だから 我慢しなきゃあ 明日まで 何があろうと〜♪
Tomorrow! Tomorrow! I love ya Tomorrow! You're always A day A way!
明日 明日 好きよ明日〜♪ いつも 一日だけ先にあるのね〜♪
下手だったけど、三人は拍手をした。 「あ〜〜、珍しく歌っちゃった〜!下手で、ごめんなさい!」 ショーケンが感想を述べた。 「英語と日本語で歌うなんて、器用だなあ〜。」 歩(あゆみ)の母が、「保土ヶ谷さん、ありがとう!」と言った。少し涙ぐんでいた。 自転車の前方を、リスが横切って行った。歩(あゆみ)は叫んだ。 「あっ、リスだわ!」 「ほらね、通りを離れるといろんなものが出てくるでしょう。楽しいでしょう。」 「うん、少し楽しくなってきたわ。」 木々の緑が色づき始めていた。小鳥がさえずっていた。 「自然はいいなあ〜、何ものにも媚びずに、しかも強くて美しい。虚飾の都会の風景とはまったく違うね。」 ショーケンが言った。 「だけど、そういうものに憧れる者もいるよ。」 「虚飾の都会にですか?」 「そう。」 「そうですね。たぶん、真実の美しさや自然の優しさが見えないんでしょうねえ、そういう人は。」 ショーケンは、近くの看板を見ていた。 「犬の七五三(ひちごさん)ってのがあるんだ?」 歩(あゆみ)の母が答えた。 「野迫川(のせがわ)の神社でやってるんですよ。」 龍次が答えた。 「昔と違って、神社も大変なんですねえ。あの手この手と。」
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