四輪電動自転車・龍神号は、スピードを緩めて、ゆっくりと龍神スカイラインの入口に向かっていた。 ショーケンは入口の看板を見ていた。 「なあんだ、しっかりと有料じゃん!」 「あっ、忘れてた。今月から有料なんだ。」 龍次の後ろの歩(あゆみ)の母親も同じように言った。 「あっ、そうそう、そうなんですよ。わたしも忘れていました。」 ショーケンは、料金所の先を不安げに見た。 「ここ、自転車は大丈夫なの?こんな自転車じゃ、のろのろで危ないんじゃないの?」 「大丈夫です。自転車と歩行者の専用道が、この道に沿ってあるんです。」 「そうなの。そりゃあ、大したもんだ。」 龍神号は料金所で止まった。 「四人ですね。八百円です。」 龍次は支払った。 道路は、左側のガードレールの外の幅三メートルほどの道が人と自転車の専用道路になっていた。 龍次は遠くの景色を見ていた。 「いやあ〜〜、なにもかもが生き生きしてるなあ〜!」 歩(あゆみ)は、つまらなそうに黙っていた。 龍次は質問した。 「歩(あゆみ)ちゃん、どう楽しい?」 「…あんまり。」 「楽しくないってことかあ…」 母親が口を開いた。 「この子、変なことばっかり言うんですよ。」 「変なことって?」 「人間は何のために生きているのか?とか。」 「ふふん…」 「生きて、学校で勉強して、働いて結婚して、死んで行く。それがいったい何になるの?とか。」 「ふ〜〜ん、なるほどね。」 歩(あゆみ)が絶えかねて、喋り出した。 「みんなが当たり前だと思ってることが分からなくなるです。図々しく幸せに生きることが人生なの?って。」 「うん?ずうずうしく幸せ生きる…」 「ただ与えられたことに生きるなんて、何の意味があるんでしょう?」 「生きる意味ねえ…、ずいぶんと難しい質問だなあ…」 ショーケンが口を開いた。 「それは、神の罠なんだよ。」 予期しない答えに、歩(あゆみ)が興味を示した。 「神の罠?」 「人間も動物も、そういう風に作られているんだよ。子供を産んで次の世代を残すように。つまり、人間も動物も、次の世代を残すために生きているんだよ。」 「残して何になるんですか?」 「進化するために、進化させるために子孫を残すんだよ。」 「進化のため?」 「そうだよ。」 「じゃあ、進化しない人間や動物は?」 「絶滅するよ。それが、自然淘汰ってやつだよ?」 「しぜんとうたって?」 龍次が解説を入れた。 「優れた遺伝子だけを子孫に残すってことだね。劣勢遺伝子は抹殺される。」 「じゃあやっぱり、漠然と図々しく幸せに生きてはいけないってことでしょう?」 ショーケンは首を傾げた。 「そういうことになるのかな?だけど、人々は漠然と図々しくは生きていないよ。それぞれに、必死で生きているんじゃないのかな?」 「そうかなあ?」 「ねえ、お母さん!」 母親が口を開いた。 「そう、平凡だったけど、図々しく必死で生きてきたわ。」 「だから、これも神の罠なんだよ。」 「図々しく生きることが?」 「図々しく生きられることが。」 「どういうことですか?」 「死なせたら、元も子もないでしょう。だから、神は最後まで人間を生きさせるの。たとえ、劣性遺伝子でもね。」 「図々しく、こうやって楽しくサイクリングしていることも、その神の罠なんですか?」 「そういうことだね。」 龍次が頷いた。 「なるほど〜、ショーケンさんは哲学者だなあ〜!」 それは、ショーケン十八番(おはこ)の、神の罠理論であった。 「そういえば、若い頃わたしも、そういうことをぶちまけてたなあ〜。」 母親が尋ねた。 「えっ、保土ヶ谷さんがですか?」 「はい。今思うと、若い頃は、そういうことを考えてましたね。あれって、なぜなんでしょうねえ?」 「そうなんですかあ…」 「橘さんも、きっとありますよ。忘れてるだけなんですよ。」 「そういえば、あったような…」 「でしょう!」 「ありました、ありました!」 「ないやつは、馬鹿ですよ。人間はそうやって大人になって行くんですよ。」 歩(あゆみ)は黙って二人の話を聞いていた。初秋の優しい風が吹いていた。
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