四輪電動自転車は、作業所から五十メートルほど離れた集会所の倉庫に置いてあった。 龍次たちが、作業所の横を歩いていると、作業所の窓から、窓を開けて誰かが顔を出した。甲賀忍だった。 「龍次さん!」 「おっ、なんだよ。足の具合は、どう?」 「駄目だね。悪いけど、ポンポコリンに頼んで、松葉杖を待ってきてくれない。」 「松葉杖、どうしたの?」 「紋次郎に貸したんですよ。」 「ああそうなの。分かった、持ってくるよ。」 「すみません!」 集会所の奥は、医療室になっていた。 龍次はノックした。 「ポンポコリン、いる?」 「います。どうぞ。」 龍次は入って行った。説明すると、直ぐに出てきた。 集会所の前で、三人は龍次を待っていた。龍次は、何も持たずに出てきた。 ショーケンが聞いた。 「あれ、松葉杖は?」 「彼女が持って行くって。」 「ああ、そう。」 「みんな、ここで待ってて、持ってくるから。」 龍次は、倉庫に向かった。そして、すぐに電動四輪自転車の乗って戻ってきた。 「ショーケンさん、勿論行くよね?」 「勿論、行くよ。ファンのためなら、どこでも行くよ。」 「さすが、エンタティナー〜!」 ショーケンは、親子に尋ねた。 「橘(たちばな)さんたちは、どこに乗りたいですか?」 お母さんが、びっくりした。 「あれ、まだ名前とか言ってなかったような気がしたんですけど?」 歩(あゆみ)も首を傾げた。 「そうだよね、お母さん昨日は感激しちゃって、言うの忘れちゃったんだよね。」 ショーケンは微笑んだ。 「橘レンタル自転車って書いてありましたよ。」 「あっ、そうか。」 「えっ、どういうことかしら?」 「一昨日、うちの自転車を借りたの。」 「ああ、そういうことですか。」 「ついでに、お名前も聞いていいですか?」 「順子です。」 「わ〜〜〜、僕の初恋の人と同じ名前だ〜!」 「ほんと〜〜!?」 「嘘!」 「も〜〜〜う!そういうところ、本物のショーケンにそっくりだわ。」 「ありがとうございます。」 歩(あゆみ)が、「変な返事!」と言うと、順子は笑った。 龍次が突っ込みを入れた。 「アイドルはいいなあ。何を言っても憎まれないから。普通は、大人がそういうこと言うと嫌われるよね。」 歩(あゆみ)も同意して、大きく頷いた。 「なあるほどね。」 「なあるほどねって、どういうこと?」 「ショーケンさんの言い方には、子供のように邪気がないわ。逆に母性本能をくすぐる危うさがあるわ。」 「あ〜〜、そういうことか。なるほどね。それ言えてるね。だったら天性のものだね。」 龍次はショーケンを見た。 「俺、変わってるのかな?」 「変わってるというか、…人徳ですね。」 母親が得意げに言った。 「女に好かれて、男に好かれる男は、そうはいないわ。」 「そうですねえ。」 少女が四輪電動自転車の右後ろに乗り込んだ。 「わたし、ここでいいわ。お母さん、隣に乗って。」 母親は素直に応じた。 「はいはぁい。」 「お母さん、スカートじゃなくってよかったね。」 「ほんと、よかったわ。」 龍次がちょっと大きな声をあげて、右手の人差し指を天に突き出した。 「じゃあ、行きましょう!」 「ってことは、俺はこっちか。」 ショーケンは龍次の隣のサドルにまたがった。車輪を操作できない一本棒のハンドルを握った。 四輪電動自転車は、ゆっくりと走り出した。 「お〜〜〜、いいねえ、これ!」 ショーケンの褒め言葉に、龍次は喜んだ。 「なかなかいいでしょう。ちゃんと整備してありますから。」 「ヒューマニズムを感じるねえ。」 「ヒューマニズム。いいこと言いますねえ。」 橘順子は感心していた。 「自転車は、まるっきり機械のお世話じゃなくっていいですねえ。こうやって風を感じられるし。自然の営みと対話できるし。」 龍次は目の前の風を見ていた。 「森林浴の空気を吸ってのエアロビクス、これが健康にいいんですよ。精神的にも。そして、自然と一体になって走っていれば、いろんなことを自然が教えてくれます。」 母親が聞いた。 「人生もですか?」 「はい!」 四輪電動自転車は、大通りに向かって進んでいた。
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