歩(あゆみ)は、俯(うつむ)きながら呟いた。 「ときどき、生きることが辛くなるの…」 龍次は悲しかった。目が涙で潤んでいた。若い命を救わないといけないと強く感じていた。 「その友達はどうしたの?」 「鎌倉に引越したんです。」 「それで、寂しくなったんだな。」 「はい。」 「仕方ないよ、今の時代はメールもあるし、無料のインターネットのテレビ電話もあるじゃないか。」 「はい。」 「生きるって、辛くて大変なことなんだよ。」 歩(あゆみ)は、うつむきながら小さく頷いたが、黙っていた。 「ちゃんと食べなきゃあいけないし、変なもの食べたら病気になるし、野生の動物と違って、服や家がないと生きていけないし、お風呂にも入らないといけないし、病気になるでしょう。歯を磨いたり、洗濯したり、勉強したり、身体を鍛えたり、そういうことをしないと生きてはいけない。人間は弱いから、野生の動物のようには生きてはいけない。」 「はい。」 「みんな、一生懸命に生きているんだよ。みんな弱い人間だから。人間は弱いから、一人では生きていけないから。」 「……」 「一人で生きてる人がいたとしても、先人の知恵を借りて生きているんですよ。」 母親も涙ぐんでいた。 「ここまで、お母さんが一生懸命に育てたんだよ。」 ショーケンが割って入った。 「そうだよ、少しは育ててくれた人のことも考えろよ。」 歩(あゆみ)は、涙を流していた。母親が抱きしめた。 「いいのよ、あなたが元気であれば。お母さんは、それだけでいいの。」 少女は大きな声で泣き出した。 「お母さ〜〜ん!ごめんなさ〜〜い!」 「いいのよ。わたしだって、若い頃は同じことをやったんだから。」 少女は泣き止んで、母親を見た。 「え〜〜、お母さん、ほんと?」 「ええ、ほんとよ。死にたい死にたいって言って、さんざん親を困らせたわ。」 「ほんとに?」 「ほうとうよ。」 ショーケンも驚いた。 「あらら。」 龍次は少し笑ってみせたが、その目は優しくも厳しく鋭かった。 「よし、人生を探しに行こう!」 みんなは、龍次に注目した。龍次は、少女の肩をポンと叩いた。 「思春期病ってやつだな。そう言えば、わたしもいろいろと悩んでいたな。」 母親が尋ねた。 「保土ヶ谷さんもですか?」 「そうですよ。わたしだって、これでも多感な青春時代があったんですから。」 「そうなんですか。」 「彼女にふられて、なにもかもがいやになって死にたくなってね。」 「それでどうしたんですか?」 「死ぬのは負けだって結論に達したんですよ。」 「それで?」 「偉くなって、彼女を見返してやろうと思ったんですよ。」 「なるほどね。」 ショーケンは、冷たい目で三人を眺めていた。親のないクローン人間の彼には、どうがんばっても実感できない話しだった。 ショーケンは小さく呟いた。 「親のあるやつはいいよな。」 龍次が気がつき尋ねた。 「ショーケンさん、何か言った?」 「いや、何も。」 「よし、今日はハイキング日和だから、平家落人の里・野迫川村でも行ってみましょうか。野迫川小学校では、有名な夜叉太鼓(やしゃだいこ)とか練習でやってるかも知れないよ。あそこは、白樺林が綺麗なんだよ。小動物もたくさんいるしね。」 「歩き?」 「歩いたら日が暮れますよ。わが村の電動四輪自転車で行きましょう。」 「ああ、あれか。あれ、大丈夫?」 「大丈夫って?」 「行って、帰ってこれる?」 「大丈夫ですよ。橋本まで行って帰って来たんですから。」 「それならいいけど。途中でバッテリー切れなんて嫌だよ。」 「大丈夫ですって!」 龍次は、歩(あゆみ)ちゃんと母親に尋ねた。 「大丈夫ですよね、今日一日?」 母親が即座に答えた。 「ハイキングですか?」 「はい。夕方までなら。」 「五時までには帰って来れます。」 母親は娘に尋ねた。 「歩(あゆみ)、大丈夫だよね?」 「大丈夫よ。今日は予定がないから。」 「お母さん、自転車、漕げますよね?」 「いつも、電動自転車に乗ってますから大丈夫です。」 「別に、みんなが漕がなくても走りますから。」 「ああ、それいいわねえ。」 「じゃあ、行きましょう!新しい人生を探しに!」 龍次は賄い場に行った。 「みっちゃん!」 みっちゃんが出てきた。 「何でしょうか?」 「四人分の弁当を作ってくれない。飲み物も頼むよ、何でもいいよ。」 「分かりました。」 龍次が戻ってきた。 歩(あゆみ)の母親が何かを差し出した。 「あ〜〜、ちょうど良かったわ。これ食べてください。おやつに。」 「何ですか、これ?」 「柿とクリームチーズのデザートです。」 「ほ〜〜ぉ、なんかおいしそうですねえ。」 歩(あゆみ)ちゃんが口を出した。 「ほんとうは、ショーケンさんに持ってきたんですよ。」 「なあんだ、そういうことだったのか。」 母親がショーケンに謝った。 「ごめんなさい!」 「いいよ、いいよ!こんなに食べられないよ。」 弁当とペットボトルに入った飲み物が出てきた。みっちゃんが、龍次に渡した。 「はい!」 「よし、行きましょう!」
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