おしつけられたら 逃げてやれ〜 気にする程の奴じゃない〜 ♪ 人を語れば 世を語る〜 語りつくしてみるがいいさ〜 ♪ 理屈ばかりをブラ下げて〜 首が飛んでも 血も出まい〜〜 ♪
作業所の中で、紋次郎が椅子に座って歌っていると、甲賀忍が入ってきた。 「よっ、紋次郎、おはよう!」 紋次郎は忍を見た。 「おはようございます。」 「吉田拓郎だね!」 「ご存知ですか? 「知ってるよ。俺、これでも歌手だぜ。」 「あ〜、そうでしたね。変な同じリズムの。」 「ラップ!」 「サランラップみたいな歌ですよね。」 「サランラップ?」 「失礼しました。失言です。」 「吉田拓郎は誰でも知ってるよ。日本人なら誰でも知ってるよ。外国人でも、けっこう知ってるよ。」 「ああ、そうですか。」 「日本のフォークソングは、吉田拓郎から始まっているんだよ。」 「ああ、そうなんですか。それまでは無かったんですか?」 「あったけど、外国の物真似フォークソング。」 「そうだったんですか。」 忍は、左足をかばって両脇にアルミの松葉杖をついていた。 「どうしたんですか、忍さん?」 忍は、自らを嘲(あざけ)るように笑んでいた。 「熊と相撲して、投げ飛ばされちゃったんだよ。」 「熊と相撲したんですか?」 「ああ、そうだよ。馬鹿みたいだろう。」 「ひょっとして、保土ヶ谷さんを投げ飛ばした五郎という熊ですか?」 「そう、その五郎。すっげえ強かったよ。」 「負けるに決まってますよ。無茶ですよ。どうしてそんな馬鹿なことをしたんですか?」 「したんじゃなくって、無理やりにそうなったんだよ。」 「無理やりに?」 「案山子(かかし)を立ててたら、五郎がやって来て襲われたんだよ。」 「逃げればよかったのに。」 「相撲に組まれて身動きが取れなかったんだよ。」 「それで投げ飛ばされんですか?」 「投げ飛ばそうとしたんだけど、重くて駄目だったよ。腕も胴体も太いし、人間とはまったく違うよ。」 「脚のどこを?」 「足首だよ。骨折はしてないらしいけど、明日病院に行くよ。」 「痛いんですか?」 「歩くと、ちょっとな。それにしても、おまえ、歌上手いなあ。」 「そうですかあ?」 「もう一回歌ってみな。」 「同じ歌をですか?」 「別のでもいいよ。」 「じゃあ、別のを。」 紋次郎は再び歌い出した。
君が僕を嫌いになったわけは 真実身がなかったっていうことなのか〜 ♪ そんなに冷たく君の愛を おきざりにしたなんて 僕には思えない〜 ♪ だけどもうやめよう 髪の毛を切っても 何ひとつ変わらないよ そんな僕 ガンコ者〜 ♪ 遊び上手は誰かさんのもの どんなに僕が 君を欲しかったとしても〜 ♪ 言葉がなければ 信じない人さ 言えないことは 勇気のないことかい〜 ♪ だからもうやめよう 静かな店も 僕は好きなんだ 嫌いだよね 君は〜 ♪ 信じることだけが 愛のあかしだなんて 借りてきた言葉は 返しなよ〜 ♪ 突き刺すような雨よ降れ 心の中まで洗い流せ〜 ♪ 忘れることはたやすくても 痛みを今は受けとめていたい〜 ♪
高野山に、どんぴしゃの風が吹き進んでいた。 突然、忍が倒れこんだ。紋次郎は、びっくりして歌うのを止めた。 「どうしたんですか!?」 「座ろうとして、失敗したんだよ。」 「だいじょうぶですか?」 「どおってことないよ。」 「ああ、びっくりした。」 「そんなにびっくりすることはないじゃないか。」 「そういうふうにできてるんです。」 「そういうふうにって?」 「人間を守るように。」 「そうか。」 紋次郎は、心配そうに忍を見ていた。忍は立ち上がった。 「大丈夫だよ。」 「大丈夫そうですね。」 「お前の歌は上手いんだけど、まったく心がないね。」 「その心を教えてください。」 「心を教える?」 「はい。」 「そんなものは、教えられるもんじゃないよ。」 「どうしてですか?」 「どうしてって、言葉では教えられないんだよ。」 「じゃあ、何で?」 「心は心でしか教えられないんだよ。」 「じゃあ、心のない者には、どうやって教えるんですか?」 「…だから、教えられないの。」 「それは変ですね。」 「変じゃないよ。」 「困ったなあ…、せっかく高野山まで来たのに。」 「そうだ、お坊さんなら知ってるかもな。」 「お坊さんですか。どこの?」 「どこのって、そこら辺の寺にいるよ。ここは高野山だから。」 「いいことを聞きました。ありがとうございます。」 紋次郎は立ち上がった。左足を引きずりながら歩き出した。忍は驚いた。 「おまえ、どこに行くんだよ?」 紋次郎は立ち止まった。 「お寺に行きます。」 「気が早い奴だなあ。」 「善は急げと言います。」 「その足でか?」 「仕方ありません。」 再び左足を引きずりながら歩き出した。 「ちょっと、待て!」 「なんでしょうか?」 「この松葉杖、持ってけ。」 忍は、松葉杖を差し出した。 「いいんですか?」 「新しいのもらうからいいよ。」 「そうですか。じゃあ頂きます。」 「貸すんだよ。」 「分かりました!」 「一人で大丈夫か?」 「一人で大丈夫です。」 「そうか…」 「無理をするといけません。安静にしてないといけません。」 「そうだな。」 紋次郎は、松葉杖を受け取ると歩き出した。外に出ると、ロボットの紋次郎は再び歌い出した。叫ぶように歌い出した。
別れの時は僕が唄う時 僕の言葉は君へのサヨナラ〜 ♪ それが今の僕だから 君は嫌いになっちまったんだよね 淋しさは嘘だね〜 ♪ 二人でどこへ行っても 一人と一人じゃないか〜〜 ♪
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