初秋の朝の太陽光が、どっかんどっかんと高野山に降り注いでいた。人々の魂にも、どっかんどっかんと降り注いでいた。遍照金剛(へんじょうこんごう)の高野山には邪悪な魂は無かった。 「ここって、腐った魂の臭いがしませんねえ。」 「腐った魂の臭い?」 「都会には、腐った魂の臭いがあって、吐き気のするときがあるんですよ。」 「それは身体に悪いですねえ。」 「わたしって、変なのかしら?」 「葛城さんて、霊感が強いのかも知れませんわ。」 「霊感が強いと、そういうのを感じるんですか?」 「そうらしいです。」 「他人の魂が見えすぎるんですね。」 「そうなのかなあ。」 「きっと、正義感が強いんですよ。根性の汚い人、嫌いでしょう?」 「大嫌い!ぅえ〜〜って、感じ!」 「わたしも。ぅえ〜〜って、感じ!」 二人は、顔を見合って大笑いした。前から後ろに通り過ぎて行ったお遍路さんが振り向いた。 「特に、感情音痴の人は、大っ嫌い!」 「わたしも。大っ嫌い!」 「顔を見てるだけで、吐き気がしてくるの。ぅえ〜〜って、感じ!」 「わたしも、そう。ぅえ〜〜って、感じ!」 二人は、顔を見合って大笑いした。近くを歩いていた僧侶が振り向いた。 「楽しそうですねえ。」 ふいに話しかけられたので、二人は戸惑った。 僧侶は微笑んでいた。 「見物ですか?」 姉さんが答えた。 「はい、そうです。」 「いいですねえ、若い人は。溌剌(はつらつ)としてて。」 姉さんは返事に困った。で、適当に答えた。 「ありがとうございます。」 「ゆっくりと見物して行ってください。」 そう言うと僧侶は、軽く頭を下げて急ぎ足で去って行った。 「溌剌(はつらつ)だって、懐かしい言葉だわ。」 「そうですねえ。」 金剛峰寺(こんごうぶじ)は、高野町の西側真ん中に位置していた。 「ここが、金剛峰寺(こんごうぶじ)。高野山の中心です。高野山真言宗の中心です。」 「凄い建物ですねえ…」 門の向こうに、大きな金剛峰寺(こんごうぶじ)が見えていた。 「この門、なんか古そう…」 「詳しくは知りませんが、金剛峯寺の建物の中で一番古いんだそうです。」 ミーンミーンミーン… 正門横の大きな高野槙(こうやまき)から、蝉の声が聞こえてきた。 「あっ、ミンミン蝉だわ。もう秋だと言うのに、変ねえ…」 きょん姉さんは、木を注意深く見た。 「あっ、あそこにいるわ。」 蝉は、高さ三メートルほどのところにとまっていた。蝉の声は止んだ。 アニーは苦笑した。 「あれは、時限式の蝉のおもちゃですよ。」 「えっ?」 「きっと子供のいたずらですよ。」 蝉は再び鳴き始めた。 「よくできてるなあ…」 「よく見てください。あれは太陽電池の羽ですよ。」 痩せた眼鏡をかけた、しかめっ面の男が通り過ぎていった。 「アニーが呟いた。」 「あの男…」 「どうしたの、アニーさん?」 「以前、いや〜〜〜な上司がいたの。そっくりだわ。」 「うぇ〜〜って感じの?」 「そう、うぇ〜〜って感じの。入る前に、邪気を払って行きましょう。」 「邪気?」 「九字を切ります。」 「はっ?」 アニーは、左手を軽く握り、右手の人差し指と中指をくつけて立てた。それを、左手の中に入れた。 「これは、右手が剣で、左手が鞘(さや)です。」 「剣と鞘?」 それから、アニーは指の剣を抜き上に立てる戸尾、大きく横に払った。 「臨(りん)!」 それから、大きく縦に払った。 「兵(びょう)!」 大きく横に払った。 「闘(とう)!」 大きく縦に払った。 「者(しゃ)!」 大きく横に払った。 「皆(かい)!」 大きく縦に払った。 「陣(じん)!」 大きく横に払った。 「烈(れつ)!」 大きく縦に払った。 「在(ざい)!」 大きく横に払った。 「前(ぜん)!」 最後に右手の剣を、右上から斜めに振り下ろし、左手の鞘に収めた。 「終わりました。これで大丈夫です。」 急な出来事に、きょん姉さんは唖然としていた。
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