きょん姉さんの瞳は輝いていた。 「久し振りだなあ、お寺参りも。さあ、お釈迦様にお参りに行きましょう。」 「お釈迦様ではありません。大日如来です。真言密教の御本尊は、お釈迦様ではなく、大日如来なんです。」 「だいにちにょらい…」 「平たく言うと、大日如来と言う宇宙の中心です。」 「太陽神?」 「神ではなくって、単なる宇宙の中心、全ての世界の中心です。」 「って言うと、心も?」 「はい。心の中心でもありあります。」 「なるほど、全ての中心か…、ところで、如来って、何ですか?」 「尊称です。」 「そうなんですか。詳しいんですねえ。」 「小学校のときから教えられましたから。」 「小学校のときからですか。」 「郷土史でね。」 「じゃあ、空海とかも習ったんですね。」 「はい。」 「小学生から、空海。凄いなあ。」 「やっぱり、金剛峰寺(こんごうぶじ)から行きましょう。」 「こんごうぶじ?」 「豊臣秀吉が母のために建てた寺です。源義経の自筆書状なんかもありますよ。」 「義経の自筆書状、見たいなあ〜。」 「お参りするときには、南無阿弥陀仏とか言わないでくださいね。叱られますから。」 「何と言うのですか?」 二人が町並みを、ゆっくりと眺めながら歩いていると、白衣のお遍路服を着た三人のお遍路さんが通り過ぎて行った。お遍路服の背中には、南無大師遍照金剛と書いてあった。 「お遍路さんの背中に書いてあります。南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)と言います。」 「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)…」 「南無は、サンスクリット語で、意味は、帰依します。です。」 「サンスクリット語?」 「東南アジアの古代語です。」 「漢字には意味はなく、中国で音を当てただけなんです。」 「大師遍照金剛(だいしへんじょうこんごう)とは?」 「大師は、弘法大師の大師です。遍照金剛は、大日如来の別名です。」 「なんとなく分かりました。それを覚えればいいいんですね。」 「はい。」 「アニーさんて、秀才なんですね。」 「えっ、わたしが?」 「はい。」 「そうかな〜。」 「英語もできるし。」 「わたしの二番目の母がアメリカ人だったもので。」 「二番目って?」 「私を産んだ母は、わたしが生まれて間もなく交通事故で亡くなりました。」 「そうだったんですか〜。」 「わたし、母のために生きてるような気がするんです。」 「えっ?」 「なんとなく、そういう気がするんです。」 姉さんは、深く尋ねようとしたが、何か立ち入ってはいけない雰囲気を感じ、できなかった。 アニーが、にこっと笑った。 「さあ、行きましょう!」 前方から、粗末な白旗を持った、二人の小学低学年くらいの少女がやって来た。ときどき、顔に左手の甲を当て、何かを言い合っていた。 ちょうど目の前に来たときも、その行為は行われた。互いの少女は言い合っていた。 「富子、生きてる!」「富子、生きてる!」 通り過ぎていった。そして、姉さんとアニーの心の中を、何かが通り過ぎて行った。知らない懐かしい何かが通り過ぎて行った。 「何なんでしょう?」 「何なんでしょう?」
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