スケートボードに紐をつけて、柴犬を乗せてやってくる若者が歩いてきた。若者は「おはようございます。」と言って、二人の横を通り過ぎて行った。きょん姉さんは柴犬をいつまでも見ていた。 「スケボーって、ああいう利用方法もあるのね。高野山の人って、やっぱり一味違うね。」 「時々、交代するんですよ。」 「交代?」 「人間が乗って、犬が引っ張るんですよ。」 「それって、面白いなあ〜。乗ってみたいなあ〜。高野山の人って、遊び心があっておもしろいなあ〜。」 高原の秋の蝶、黄色いキタキチョウが舞っていた。人間の背丈ほどの鉄の柵があり、開閉式の門があった。右側の門柱に、メロディ風車が回っていて、不思議なメロディを奏でていた。 アニーが可愛い声で囁(ささや)いた。 「あっ、これ、中島みゆきの歌だわ。」 姉さんは、その声に驚いた。 「どうしたんですか、妖精みたいな声を出して?」 「変な声でしたね。ときどきこの声になるんですよ。小さいときからなんですよ。何かとシンクロするとなるみたいなんです。」 「何かとシンクロ?」 「心の奥の何かが、自分以外の何かと一致すると、こうなっちゃうみたいなんです。」 「何かって?」 「それが、未だに分からないんです。」 「不思議ですねえ。」 「はい。誰かが、魂の同期と言っていましたが、そういう類いのものかも知れません。」 「妖精みたいな、とっても不思議な声でしたよ。」 「妖精の声って聞いたことあるんですか?」 「はい。夢の中でね。」 「妖精の夢や空を飛ぶ夢を見る人は、子供のように心が純真なんだそうですよ。」 「そうなんですかあ。」 「葛城さんは、とっても真っ直ぐな目をしてますわ。」 「そうですかねえ。」 「目は心の窓と言いますから、目を見れば分かります。」 アニーは歌い出した。 雨が空を捨てる日は〜 忘れた昔が戸を叩く〜 ♪ 「その歌知ってます。」そう言うと、姉さんも歌い出した。 雨が空を見限って〜 わたしの心に降りしきる〜 ♪ 空は風色 溜め息模様〜 ♪ 敷地の建物から、さっきと同じようなロボットが現れたので、二人は歌うのを止めた。ロボットは、さっきと同じ道案内ロボットだった。 「今日は当研究所は休みです。何か御用ですか?」 姉さんはがっかりした。 「あっ、そうか。今日は日曜だったわね。」 アニーが姉さんの顔を見た。 「一応、聞いてみたら?」 「そうですね。」 ロボットは、抑揚の無いロボットっぽい口調だった。 「どのような御用でしょうか?」 「ロボットのバッテリーを買いたいんです。」 「それだけですか?」 「はい。」 「どのようなバッテリーでしょうか?」 「旧型の補佐ロボットC型のバッテリーです。」 「残念ながら、そのタイプのバッテリーはありません。」 「やっぱりね。じゃあいいわ。」 「そうですか。さようなら。」 ロボットは行ってしまった。 「なんだよ、あいつ。最後の挨拶がなってないなあ。」 「会話能力が、まだ未完成なんじゃないですか?」 「ここは政府指定の所じゃないから、あっても駄目だわ。」 「そうなんですか?」 「政府認定マークがないんですよ。見たところ、どこにも。」 アニーは、門の周りを見渡した。 「そうですねえ…」 「高野山ですからねえ。」 「そうですね。」 「値段も高いし、もし変なものを買ってロボットを壊したら、弁償しなくていけませんから。」 「ああいうロボットって、高いんでしょう?」 「一千万とか。」 「そんなにするんですか!」 「アホなんですが、高いんですよ。」 「よく出来てますよ〜。」 アニーは空を見上げた。雲はほとんど無かった。 「さ〜〜ぁ、どこから行きましょうか?」 「そうですねえ…」 「じゃあ、近場から行きましょうか。」 「それがいいですね。」 二人は大通りに向かって歩き出した。前方から、木の枝の粗末な白旗を持った十歳くらいの少女が歩いてきた。 姉さんは首を傾げた。 「何かしら?」 近くに来たので、姉さんは尋ねた。 「何してるの?」 「白旗の少女です。」 「白旗の少女?」 「観て感動したんです。」 「だから真似してるんだ?」 「そうです。」 「映画?」 「そうです。」 少女は、言い終わると去って行った。 「白旗の少女って何だろう?」 アニーが答えた。 「沖縄戦争で、一人になった六歳の少女の話です。」 「実話なんですか?」 「はい。以前にドキュメンタリーで観たことがあります。わたしも感動しました。」 「わたしも観たいなあ。」 「きっと、映画になったんだわ。」 「インターネットで売っているかしら?」 「きっと売っていますよ。」 白旗の少女が振り向いた。そして小さく顔を隠すように手を振っていた。そよ風が白腹をゆらしていた。 アニーは微笑んだ。 「白旗の少女の真似をしてるわ。」
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