ショーケンは、クリスタル・ヨコタンのことを思っていた。 『結局、男は女に惑わされ、女は男に惑わされ、生きているんだよなあ…、不思議だなあ人間って…、いったいこれは何なんだ?つまり、これが人間の原動力ってことか?神の罠ってやつか?』 クローン人間であるショーケンには、常に、人間を客観視する自分がいた。 作業所の前の広場では、真由美がカートに乗って喜んでいた。 「これなら、お母さんを下まで散歩につれて行けるね。」 カートを運転している兄のまさとが返事をした。 「そうだなあ。」 作業所の入口に佇(たたず)むロボットがいた。紋次郎だった。口に長い楊枝(ようじ)をくわえていた。 「あっ、紋ちゃんだ!」 真由美ちゃんは手を振った。 「紋ちゃ〜〜ん、おはよう〜!」 紋次郎も手を振った。 「真由美ちゃ〜〜ん、おはよう〜でござんす!」 「お兄ちゃん、紋ちゃんのところまで行って。」 「あいよ。」 カートは紋次郎の前で止まった。 「大丈夫、紋ちゃん。足は良くなった?」 「紋次郎は、左足を少し浮かせていた。」 「良くなってないよ。」 「どうして良くなってないの?」 「部品が無いんだよ。」 龍次がやって来た。 「そうだ、高野山テクノロジー研究所の人に尋ねてみよう。ひょっとしたら、あるかも知れない。」 真由美が龍次の顔を見た。 「ほんと?」 「あるかも知れない。」 真由美は紋次郎の顔を見た。 「あるといいね、紋ちゃん。」 「あるかな〜。」 「きっとあるわよ。元気を出しなよ。」 「うん、元気を出すよ。」 紋次郎は、少し元気な顔を見せた。ショーケンがやって来た。紋次郎のくわえている長い楊枝を見た。 「なんだい、その長い楊枝は?」 「おかしいですか?」 「また、変な時代劇でも観たんだろう。」 「昨晩、みんなが帰ったあとで、木枯し紋次郎を見ました。」 「だと思ったよ。」 龍次が紋次郎に諭すように言った。 「もう少し、ここで休んでいてよ。」 紋次郎は素直に返事した。 「はい。」 龍次は紋次郎の肩を叩いた。 「ひとりで寂しいとは思うけど。」 「ロボットに寂しいとかはありませんから。」 「あっ、そうか。」そう言うと、龍次は真由美とまさとを見た。 「君たち、朝ごはん食べたの?」 真由美が答えた。 「まだで〜〜す。」 「じゃあ、一緒に食堂に行こう!今日は栗ご飯だよ。」 まさとが龍次に言った。 「僕たち、母が食事の用意をして待ってますので、いいです。」 「あっ、そうか。じゃあ、栗ご飯だけ持って行って。」 「はい。ありがとうございます。」 真由美が、龍次にねだった。 「これに乗って行ってもいいかしら?」 「あっ、いいよ。じゃあ、僕がリアカーを持って行ってあげよう。」 「ばんざ〜〜い!」 まさとが叱った。 「真由美、調子に乗るんじゃないよ。」 龍次は優しかった。 「いいんですよ。真由美ちゃんが喜んでくれたら。」 「そうですか〜、すみませ〜ん。」 龍次は、ショーケンにも声をかけた。 「ショーケンさん、行きましょう。」 「あっ、はい。」 そう言うと、龍次は、リアカーを取りに行った。龍次がリアカーを引いて戻って来ると、カートは食堂に向かって走り出した。 ショーケンが紋次郎の肩をポンと叩いた。 「おまえさあ、そんなに無理せずに、もっと自分に素直に生きたほうがいいんじゃないの?」 「自分に素直に?」 「つまりさあ、ロボットはロボットらしく。ロボットはロボットでいいじゃないか。無理して人間にならなくっても。」 「ロボットはロボットらしく?」 「つまり、自分らしくだよ。」 「自分らしく?」 「分からない?」 「自分って何ですか?」 自分というものがないロボットの紋次郎には、その言葉の意味がまったく分からなかった。
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