「やっと店員の仕事をみつけてきたら、店員の仕事のために大学を出したんじゃない!と、親にしかられけんかして出てきたって言ってたよ。」 姉さんは眉をしかめた。 「ひどい親ですねえ。」 「そういう時代錯誤の親がいるんだよね。自分たちの時代で今を判断してるんだよね。」 「今が、どういう時代か分かってないんですね。」 アニーも同情していた。 「親が高学歴の人だったら、そのくらい分かるんじゃないかしら。経済ニュースとか見てないのかしら?」 老人は悲しそうだった。 「親が馬鹿だと、子供が可哀想だ。人生は、社会を見て先を読まないと駄目なんですよ。囲碁や将棋のようにね。」 アニーは頷いた。 「つまり、いつまでも同じ社会はないってことですね。」 「そういうこと。社会が変われば、常識も変わるし生き方も変わる。」 ログハウスの前の道路を、高野山警察の白い外国製の二人乗りタンデムスクーターが走って来た。後ろの座席に座ってた男が手を振ったので、老人も手を振った。そして、彼の前で止まった。 スクーターに詳しいスクーターマニアの姉さんの目が輝いた。 「おっ、ベネリ・アディバの新型タンデムだ。」 老人が右手をあげて軽く敬礼をした。 「おはよう、署長!」 「おはようございます。萩原さん。」 「日曜も出ですか?」 「最近、日曜日になると、ひったくりが増加してましてねえ。」 「高野山にですか?」 「はい。下界からやって来るんですよ。困ったもんです。」 「高野山は、金持ちや外国人が来ますからねえ。」 「そうなんですよ〜。ミニバイクには気をつけてください。女性ばかりを狙ってますから。」 「まったく、ひどいやつらだなあ。」 「ミニバイクの音が後ろから聞こえたら、気をつけてください。」 「ああ、気をつけるよ。」 「最近は、音のしない電動バイクもありますので。」 「ああ、そうだね。気をつけよう。」 署長は、アニーと姉さんに目が行った。 「こちらの方々は?」 老人が答えた。 「隣のログハウスの方です。」 姉さんとアニーが挨拶した。 「おはようございます。」「おはようございます。」 署長も挨拶した。 「おはようございます。観光ですか?」 姉さんが答えた。 「はい。」 「ひったくりには気をつけてくださいね。」 「はい。」 署長は老人を見ながら言った。 「こんなビューティな方々が隣にいるなんて、ラッキーですなあ。」 「そうだね。女房の顔は見飽きてるから。」 「あ〜〜〜、言いつけちゃおっと!」 「言わないでよ、そんなこと!」 「冗談ですよ。今日は、午前九時から十二時ごろまで、大門から先の高野山道路が、高野山スライダーカートの試し走行のために通行止めになるんですよ。」 「ああ、そうなの。」 「来週からは、日の出から日の入りまでのカート専用走行時間帯になります。その時間は、普通の車両は通行できませんので注意してください。」 「カートだけってことね。」 「そうです。」 「夜は通行できるんだよね。」 「そうです。」 「これで、高野山道路が、ただの危険なドライブ道路にならないでいいんじゃない?」 「そうなんですよ。大半が通過するだけのクルマだけですから、困ってたんですよ。」 「これで、高野山も平和になり、観光客も増えますよ。世界遺産の高野山で交通事故じゃあね。」 「そうなんですよ。それじゃあ、また。」 署長は、三人に軽く敬礼をすると去って行った。 高野山の朝の風が好きなアニーは、爽やかな顔をしていた。 「葛城さん。福之助さんがおかしくなるのは、電圧が不安定だからかも知れないわ。高野山テクノロジー研究所に行って、バッテリーを尋ねてみましょう。」 「ああ、そうですね。」 老人が促した。 「中学校は、そこの道を真っ直ぐ行って、大きな道を右だよ。」 「中学校なら知ってます。近くで育ったものですから。」 「ああ、そうだったの。」 二人は、老人に頭を下げると、研究所に向かって歩き出した。
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