「仕事は、自然にポンとそこにあるものではなくって、発明があって産業になって仕事が産まれるのです。」 「はい。」 「仕事をするときに、発明家に感謝したことがありますか?電車やクルマに乗っているときに、発明家に感謝していますか?」 「いいえ。」 「豚や牛は、あなたを生かすために死んで行ったのです。豚や牛に感謝していますか?」 「いいえ。」 「わたしたちが、文明によって楽して生きて行かれるのは、先人たちの知恵のおかげなのです。先人たちの知恵に感謝していますか?」 「いいえ。」 「だったら、すぐに心を入れ替えて感謝しなさい。きっと彼等が、あなたを助けてくれます。必ず、いいことがあります。」 「はい。」 「高野山に、からくり発明神社があります。そこに参って行きなさい。きっと新たな考えが浮かび、あなたを導いてくれます。」 「はい。」 「そこに、発明家でもあった弘法大師・空海が祭ってあります。参って行きなさい。きっと頑(かたく)な魂も救われます。」 「はい。」 昨夜の自殺を考えてた男は、深く頭を下げた。 「いろいろと、ありがとうございました。」 背を向け、一歩踏み出した。振り向いた。 「あのう、その神社はどこにあるんでしょうか?」 「高野山中学の隣の、高野山テクノロジー研究所の隣にあります。そこの道を真っ直ぐ三百メートルはど行って右に曲がって歩いて行けば見えて来るよ。誰かに聞けば、すぐに分かります。」 「どうもありがとうございました。」 「もし、また死にたくなったら、ここに来なさい。わたしは毎週の土日にはここにいますから。」 老人は名刺を差し出した。男は黙って受け取った。 「日本知恵教…」 名刺には、住所と電話番号も印刷されていた。 老人は、心配そうに微笑んでいた。 「人間村に行きたくなったら、その名刺を保土ヶ谷君に見せて訳を話しなさい。」 「はい。」 「その近くに、高野山疲労研究所という有名なところがあります。わたしの名刺を見せて、サンプルのビタミン剤をもらって行きなさい。よく効くんだ、ここのは。」 「分かりました。いろいろとありがとうございます。」 男は深く頭を下げ、去って行った。老人は呟いた。 「これからは、大変な時代だなあ。」 男を見送っていると、コスモス花壇の脇の道から二人の若い女性がやってきた。一人は老人に手を振っていた。 「萩原さ〜〜ん、おはようございま〜す。」 葛城今日子、きょん姉さんだった。 老人は笑顔で返した。 「おはよう。早くからお出かけですか?」 「はい。山内見物を。」 高野山には、高原の花が咲き、高原の爽やかな風が吹いていた。お喋りの山雀(やまがら)がさえずっていた。 アニーは、頭を下げて挨拶をした。 「おはようございます。同じログハウスのアニーと言う者です。よろしくおねがいします。」 「こちらこそよろしく。なんだか、コスモスの花みたいに美しい人だなあ。」 姉さんが答えた。 「えっ、わたしのことですか?」 「勿論、あなたもですよ。」 「萩原さんは、お世辞が上手いですねえ〜。」 「お世辞ではありませんよ〜。あれっ、あのロボットはいないんですか?」 「福之助は留守番なんです。目立ちますから。」 「なるほどね。」 「それに、ちょっとバッテリーの調子がおかしいんです。」 「ロボットのバッテリーなら、高野山テクノロジー研究所にあると思うよ。」 「わ〜〜、それは良かった。」 アニーが質問した。 「高野山テクノロジー研究所?」 「今年、からくり発明神社と一緒にできたんですよ。」 「ああ、そうなんですか。初めて聞きました。」 「中学校の近くにあります。中に入ると、弘法大師が錫杖(しゃくじょう)を持ち上げて迎えてくれますよ。」 「おもしろそうですねえ。」 「弘法大師が発明した、いろんな物が展示してあります。」 「弘法大師が発明した?」 「弘法大師は、発明家でもあったんです。」 きょん姉さんが、思い出したように質問した。 「昨夜の方は?」 「今しがた、少し元気になって帰って行きました。」 「そうですか。それは良かったわ。」 「きっと、今の人達は行き場を失っているんでしょうね。」 「なんだか、寂しい顔をしてたわ。」 「そうですね。きっと身も心も疲れてるんでしょうね。」 「黙ってたら、誰も助けてくれませんからね。」 「そうなんだよね。きっと周りの人達も、余裕がなくなってるんだろうね。」 緑の高原には、優しい風が吹いていた。
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