草花は、お日様を浴びて、爽やかな風にそよいで、よいよいよいと大いにはしゃいでいた。 真由美の目の前で、トンボがくるりと宙返りをした。 「お上手、お上手!」 真由美は手を叩いて喜んだ。 お兄ちゃんがリアカーを引きながら振り向いた。 「どうしたの、真由美?」 「トンボが宙返りしたの。」 「なんだ、そんなことか。」 大きな縦長の物を肩に担いだ青年が歩いていた。まさとは足を止めて、担いでいる物を見た。青年は通り過ぎて行った。 「あっ、来週は天軸山(てんじくさん)の模型ボブスレー大会の日だなあ。」 「そうだねえ。あれ面白いね。」 「後で見に行くか。」 「そうだねえ。」 「弘法大師杯がかかっているからなあ。」 「お金も貰えるしね。」 「みんな賞金目当てだな。」 「そうだね。」 「テレビにも映るしな。」 「そうだね。」 「保土ヶ谷さん、食堂にいるかなあ?」 「いるといいね。」 「まだ六時になってないからなあ。」 「そうだね。じゃあいないかもね。」 川沿いの人間村の食堂は、五分くらいのところにあった。 まさとは食堂の前でリアカーを止めた。 「真由美、降りろ!」 「は〜い。」 真由美が降りると、まさとはトマトの入ったダンボールを持って食堂に入っていった。 「おはようございま〜す!」 食堂では、エプロンをした五人が忙しそうに働いていた。一人の女性が出てきた。 「おはよう。」 「トマト、持ってきました。」 「あっ、そこに置いておいて。」 「保土ヶ谷さん、いますか?」 「保土ヶ谷さんは、たぶん事務所。」 「あつ、そうですか。」 まさとは出て行こうとした。彼女が呼び止めた。 「帰りに寄ってね。栗ご飯あげるから。」 「あっ、はい。」 「今日は、試走(しそう)をかねて、かつらぎまで行くらしいわよ。」 「しそうって?試しに走るって書く、試走ですか?」 「そうです。」 「高野山(こうやさん)カートの?」 「そうです。」 「つまり、実験台ってことか?」 「そうですね。」 「あれは面白いですよ。きっと流行りますよ。」 「そうかしら?」 「若い人がやってきますよ。」 「若い人は喜ぶかもね。」 「年配の方も、きっと喜びますよ。のんびりと景色を見ながら下りますから。俺も乗ってみたいなあ。」 「頼んでみたら?」 「何時に行くんですか?」 「七時に、ここを出るって言ってたわよ。高野山テクノロジー研究所の人達と。」 「ああそうですか。とにかく言ってみます。」 「後で寄ってね。忘れないで。」 「はい。」 高野山の鐘が六時を告げて鳴り響いていた。ほぼ同時に、食堂の棚にあった、弘法大師人形時計が、右手に持っている錫杖(しゃくじょう)を何度も持ち上げて、シャクシャクと鳴らしながら時を告げていた。 まさとは驚いた。 「ぅわ〜〜、これ時計だったんだ!」 「いいでしょう。」 「いいなあ、これ。どこにあるの?」 「まだ売ってないんですよ。試作品なんです。」 「いいなあ、これ。」 「試作品なら、作業場にありますよ。いろいろと。」 「いろいろと?」 「高野四郎の鐘時計とか。」 「いいなあ、それ。」 「見に行けば?」 「後で見に行きます。」 「栗ご飯、忘れないでね。」 「はい。」 まさとは食堂から出て行った。
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